Web音遊人(みゅーじん)

作曲家・宮川彬良の音楽愛が詰まった一冊『「アキラさん」は音楽を楽しむ天才』

父も作曲家、メッシュの入った長髪にメガネという特徴的な外見で、代表曲は『マツケンサンバⅡ』。この人気作曲家といえば――。

こんなクイズがあったら、「宮川彬良!」と、すぐ答えられる人が多いだろう。さらに特徴を挙げるなら、明るく楽しくおしゃべり上手。そんな彼の出した『「アキラさん」は音楽を楽しむ天才』(NHK出版)は、初の著書という。意外な気もするが、実際、書きたいことは溢れるほどあったそう。

「一冊にまとめるにあたって、5分の1ぐらいは削ったと思います。もっと言えば、今回は、生い立ちや仕事の経歴を書く本になってしまったけれど、本当はもう一冊、ショパンのピアノ曲から昭和歌謡までの譜例をふんだんに載せた音楽解説の本も書きたいと思っていたんです」

音楽準備室の遊びが原点

少々欲張りな彬良さんだが、この一冊だけでもエピソードは満載で、音楽の知的好奇心も満たしてくれる。『宇宙戦艦ヤマト』などを作曲し、知名度も抜群だった父・宮川泰(ひろし)が自慢だった少年時代のことや、テレビ番組「クインテット」や連続テレビ小説「ひよっこ」、蜷川幸雄舞台「身毒丸」など代表作の制作秘話――。中でも出色は、小学5年生の時、仲間4人で音楽準備室に忍び込んで、音と戯れたエピソードだ。マリンバやドラをたたいているうちに、たちまち中国風サウンドが出来上がって大興奮。遊びの中から音楽が自然に生まれたことで、音楽本来の面白さを発見したのだという。彬良さんの豊かで楽しいサウンドの源泉は、音楽一家に生まれたエリート教育などではなかったのだ。

この逸話は、小学校の校長先生にも共感され、「学校での経験が、今の音楽の基礎になっていることに勇気付けられた」と絶賛されたという。同時に、その校長の口からは「音楽準備室の鍵をかけないのは、今の常識ではできないです」とも。彬良さんも「確かにそうなんですよね」と認めつつ、「でも、もしあの時カギが閉まっていたら、学校なんてどうでもいいって、僕は思ったかもしれない」と振り返る。「社会がどんどんデジタルになっていく今、音声と画面だけの世界になりつつある。昔あったLPの手触りとか、においやノイズ……。寄り道もいっぱいあった。アナログの無駄と思われることがなくなっていくけれど、見落としていっちゃうことたくさんありますよね。それはどうなんだろうと、みんなに考えてほしい」

音楽は摩訶不思議で尊いもの

そうした現代社会に対する警鐘のようなものは、「どの章でも、バックボーンになっています」と、強調する。例えば、1988年、東京ディズニーランドが開演5周年を記念して企画し、7年半にわたり上演されたショー「ワン・マンズ・ドリーム」のエピソードだ。当時、彬良さんは26歳。30分のプログラムが完成に至るまでには、彬良さんが海を渡って演出家と曲のアイデアを練り上げ、その後の3カ月間、振り付けや舞台セット、衣装の発注が行われ、そしていよいよ50人のオーケストラが参加するレコーディングのために、彬良さんはスコア作りに寝る間を惜しんで時間を費やし、オーケストレーションを完成させる。そこには、ディズニーならではの「音楽優先」の姿勢、そして時間と制作費をふんだんに使ったショー作りの神髄がうかがえる。「今や、こんなショーなんて作れなくなっている。あの頃に戻そうと声高に言う気はないけれど、こんなことがあったんだよということは書き残しておきたかった」

こうした純粋でひたむきな音楽制作の舞台裏が明かされると、著書の中でたびたび強調される、「音楽の尊さ」にもうなずける。「音楽はみんなが思っているより、もっとも摩訶不思議で尊いもの。言葉にしちゃうと軽くなっちゃうけどね」と彬良さんは笑う。「作曲していると、こうも行けるけど、こうあるべきだという必然性を感じて、命の設計図を書いているような心境になる。父や母、人間関係を譜面にしたような音楽だなとも思う」「目に見えないものが一番大切だと思う。それは音であり、命や信頼関係もそうでしょう」――。彬良さんが力を込めて語る音楽の崇高さには、しっかり耳を傾ける必要がありそうだ。手のひらに収まるスマホ一台で音楽が簡単に聴ける時代だからこそ……。

ヒットも芸術も、間にこそ興味がある

もちろん、大ヒット曲『マツケンサンバⅡ』の制作秘話も明かされている。2021年のNHK紅白歌合戦でも披露されて話題になり、長く愛されているこの曲について、彬良さんは「この曲のお陰でぼくはやっと子供の頃から憧れていた『作曲家』というものになれた気がした」ともつづっている。その真意はどこにあるのだろう。

「父の作った曲を、国民みんなが知って楽しんでいるのを間近に見てきた僕としては、ヒット曲という価値観は、無視するわけにはいかなかった。父が稼いだ印税からピアノを買ってもらい、学費も出してもらう恩恵にあずかってきたわけだから。いい曲、美しい、よく出来ている、感動をさせるような曲、色々な価値観があるけど、そこには『世の中でヒットした曲』を付け加えないとフェアじゃない。それだけでハードルは何倍にも跳ね上がるけど、『僕は現代音楽の作曲家でヒット曲は書かなくていいんだ』というのも、逆に『僕はヒットメーカーだから音楽理論も歴史も知らなくていいんだ』というのも違うと思う。どっちかだけになっちゃうのが、僕はとても嫌なんですね」

いつも、何かと何かの間にいるのが、彬良さんのアイデンティティーだ。「芸術と芸能、関東と関西、子供と大人、ジャズとクラシックとかね」。そういえば、『マツケンサンバⅡ』も、和装の殿様がラテンのリズムでノリノリに踊るジャンルとジャンルの間にある不思議な一曲だ。また、松平健さんのレビューショウという限定された空間を飾るために作られながら、今や国民だれもが知る曲になっている。

 

■インフォメーション

書籍『「アキラさん」は音楽を楽しむ天才』

発売元:NHK出版
価格:1,650円(税込)
発売日:2022年3月25日
詳細はこちら

特集

東儀秀樹インタビュー - Web音遊人

今月の音遊人

今月の音遊人:東儀秀樹さん 「“音で遊ぶ人”といえば僕のことでしょう。どのような楽器の演奏でも、楽しむことだけは忘れません」

16598views

クラシック名曲 ポップにシン・発見(Phase50)カバレフスキー「ピアノ協奏曲第3番」、子供が親しめる孤高の純粋音楽、体制迎合の批判を超越

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase50)カバレフスキー「ピアノ協奏曲第3番」、子供が親しめる孤高の純粋音楽、体制迎合の批判を超越

1475views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

15982views

サクソフォンの選び方と扱い方について

楽器のあれこれQ&A

これからはじめる方必見!サクソフォンの選び方と扱い方について

62615views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

10199views

オトノ仕事人

音楽フェスのブッキングや制作をディレクションする/イベントディレクターの仕事

15371views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

10813views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

8251views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

15317views

われら音遊人

われら音遊人:みんなの灯をひとつに集め、大きく照らす

7240views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

8578views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12341views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

9303views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11974views

音楽ライターの眼

シンプルに音を並べること、それがベテランが紡ぐシューベルトの世界/清水和音ピアノ・リサイタル

5299views

オペラ劇場の音楽スタッフの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

舞台上の小さなボックスから指揮者や歌手に大きな安心を届ける/オペラ劇場の音楽スタッフの仕事(後編)

15949views

武豊吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人: 地域の人たちの喜ぶ顔を見るために苦しいときも前に進み続ける

3384views

P-515

楽器探訪 Anothertake

ポータブルタイプの電子ピアノ「Pシリーズ」に、リアルなタッチ感が得られる木製鍵盤を搭載したモデルが登場!

37189views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

14275views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

5800views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

10654views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

11878views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12341views