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今月の音遊人:大塚 愛さん「私にとって音は生き物。すべての音が動いています」
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戦争の苦境、郷愁誘う希望の光/小菅優&佐藤俊介デュオ・リサイタル「第一次世界大戦とクラシック音楽~作曲家に想いを馳せて~」
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2022.8.3
第一次世界大戦の激震が走る欧州に、古き良き時代から光が差す。ピアニストの小菅優とバイオリニストの佐藤俊介によるデュオ・リサイタル「第一次世界大戦とクラシック音楽~作曲家に想いを馳せて~」を2022年7月6日、ヤマハホールで聴いた。ヒンデミットやエルガーらが戦時中に書いた作品を集めたが、戦前のベル・エポック(美しい時代)への郷愁を誘う演奏だった。戦争の苦境に抗うように、欧州文化の粋としての古典(クラシック)が呼び起こされ、希望を灯す選曲。印象派のドビュッシーでさえ懐かしくも古典的に聴こえる。名演だ。
ドイツの作曲家ヒンデミットは、19歳のときに父が戦死し、その後自身も出征した。公演の最初はヒンデミットが兵役時に作曲した『バイオリン・ソナタ変ホ長調作品11-1』。小菅のピアノは激烈に第1楽章を始めた。佐藤のバイオリンは英雄的な高揚感に溢れるが、切迫感も漂う。静かに沈潜する第2楽章で曲は終わる。未完成のソナタだが、戦時の狂騒と鎮魂の両面を描き出した好演といえよう。
2曲目、イザイの『子供の夢』は、作曲家自身のバイオリン演奏による録音がまず流れた。雑音交じりの古い音源で会場は20世紀初めにタイムスリップした。ポルタメント(滑らかな音程移動)を多用した佐藤の弾き方は、イザイやクライスラーが活躍した時代の甘美なロマンに満ちている。佐藤はモダンとバロック双方のバイオリンを弾く二刀流だが、近現代の作曲当時を再現するピリオド奏法への挑戦といえる。
続くラヴェル『クープランの墓』から『フーガ』『フォルラーヌ』は小菅の独奏。細やかで深みのあるデュナーミク(強弱法)だ。30代前半でベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音を完結した小菅だが、ラヴェル作品では淡い色彩感を表現し、深化を示した。
前半のハイライトはドビュッシー晩年の傑作『バイオリンとピアノのソナタ』。印象派の先入観ではつかみどころがない曲だが、2人の演奏は力強く明晰でメリハリがある。ベーゼンドルファーのピアノは激しい打鍵でも落ち着いた音を造形し、曲の構成美を浮き彫りにした。
後半1曲目はコルンゴルト『空騒ぎ 作品11』から『ドグベリーとヴァージス』。行進曲は戦意高揚につきものだが、シェイクスピアの劇音楽として皮肉や諧謔が盛り込まれている。彼の先輩作曲家マーラーの歌曲『死んだ鼓手』や『少年鼓手』の滑稽な悲劇性にも通じる。ひねりのある演奏はマーラーへのオマージュを想起させた。
再び古い録音が流れた。ドイツ潜水艦による客船の誤爆で水死したスペインの作曲家グラナドス自演のピアノ曲「スペイン舞曲集第5番『アンダルーサ』作品37の5」。パートカラーの映画のように、歴史的音源に続いてクライスラー編曲によるデュオでの実演が始まる。佐藤のポルタメントがレトロな旅愁を醸し出す。戦間期に流行するアガサ・クリスティーの推理小説が思い浮かんだ。最後は英国のエルガーの大作『バイオリン・ソナタホ短調作品82』。情熱のうねりを大胆さと繊細さで見事に奏でた。ブラームスの影響を伝えるロマン派の感情表現だ。
「戦争の暗さの中、音楽を光として使った人たちがいた」と佐藤は語った。軍楽隊員だったヒンデミットは、人々に希望の光をもたらすことが職務と自覚しただろう。クラシック音楽は第一次大戦後、新古典主義としてもう一花咲かす。希望は郷愁に似ている。懐かしくも前向きなデュオに涙腺が緩んだ。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社メディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Ayumi Kakamu
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