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ピアノ新世のイノベーター、シンセとともに演奏をパラダイム転換/フランチェスコ・トリスターノ コンサート Piano2.0
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2024.7.30
tagged: 音楽ライターの眼, フランチェスコ・トリスターノ, MONTAGE M, ヤマハホール, CFX, reface
人新世がインダストリー5.0(第5次産業革命)へと進む今、ピアノ新世のイノベーターが登場した。シンセサイザーやエレクトロニクスを駆使し、演奏会のパラダイム転換をもたらすルクセンブルク出身のピアニスト兼作曲家フランチェスコ・トリスターノ。2024年7月3日、ヤマハホールでの「フランチェスコ・トリスターノ コンサート Piano2.0」では、古楽から現代音楽、エレクトロニック・ダンス・ミュージックまであらゆるジャンルの音楽史を吸収し、自作と編曲を含め即興演奏を絡めた新型のピアノ・リサイタルを実現させた。
トリスターノがピアノの鍵盤を押すと、地響きのような音が広がり、暁闇のステージが赤々と輝く。夕暮れと夜明けの両方の意味を持つ「Dämmerung(デメルング)」というドイツ語が思い浮かぶ。逢魔時を告げる不気味な響きを抱えながらも、それは明らかに夜明けであり、新たなピアノ音楽の日の出だ。1曲目、新イタリア楽派のマッテオ・フランチェスキーニ作曲『グラヴィティ』(2021年)の日本初演である。
『グラヴィティ』の冒頭では、地響きの中で星屑のようにピアノの音がきらめく。ピアノとエレクトロニクスを連携させ、鳥のさえずりも聞こえる。やがて速度を増し、ピアノがバルトーク風の野性的なリズムを刻む。シンセサイザーの音合成やシーケンサー機能による音型の反復自動再生を用いながら、重低音のディスコ・ビートが聴き手をエレクトロニック・ダンスへと導く。デュア・リパが共演しても違和感はないダンス・ポップだ。
長身で痩身、半立ち姿勢でピアノに向かうトリスターノの横姿が影絵となって浮かび上がる。ヘッドホンをかぶり、DJのようにビートに乗って体を揺らす。シンセ・ポップを愛する新時代のピアニスト作法だ。いつしか曲はアフロな野性味を増す。ラヴェルからトーキング・ヘッズまで、『グラヴィティ』にはジャンルを超えた音楽史が溶け込んでいる。
続いてアルバム『東京ストーリーズ』(2019年)に収めた自作5曲。『ホテル目黒』『ネオン・シティ』、日本語の語りが入る『血の音』はフュージョン風。東京好きのトリスターノらしく、Jポップやシティ・ポップのクールな雰囲気、久石譲に通じるピュアな感覚が漂う。
やはり日本語の声を冒頭に入れた『エレクトリック・ミラー』は、デイブ・ブルーベックの『テイク・ファイブ』に似ているが、5拍子ではなく6拍子。「Ⅰ→Ⅴ」のコード進行による動機を反復しつつも、最後にバロック風で締める解決法が心地よい。『中目黒第三橋』では粒立ちの良い響きでノスタルジックな音画を描く。いずれも、純度の高い音色のピアノ曲を、エレクトロニクスが控えめながら引き立てるという粋な技を印象付けた。
後半は現代音楽の最たるピアノ曲、ベリオの『セクエンツァⅣ』(1966年)から始まった。複雑な不協和音を精巧に紡ぎ出す。ソステヌートペダルで引き伸ばされる様々な不協和音の倍音の広がりは爽快だ。20世紀前衛音楽の古典として新たな風格を漂わせた。
作者不詳『Do la re』(15世紀)ではルネサンス音楽への愛着がにじみ出る。短い動機を反復し、様々な装飾を加え、異様な存在感を示す。単なる古楽演奏ではなく、反復動機がいつしかビート感を生み出し、ミニマル・ミュージックとも異なるダンサブルなノリへと導くのだ。古楽とテクノの融合がそこにある。
終盤は自作に即興演奏を絡めたメドレー。古楽に触発されたアルバム『オン・アーリー・ミュージック』(2022年)から『第2チャッコーナ』『Circum dederunt』『トッカータ』のリミックスだ。ロックやテクノを体験した世代が、古楽を独創的に蘇らす新・新古典主義の出現だ。最後は『乃木坂』(2021年)。ミュージック・コンクレート風に地下鉄のノイズ音を交え、郷愁を誘う都市風景を描いた。
演奏会形式を刷新した今回のコンサートは、構成、照明、美術などバックステージの人たちの優れた働きなしでは実現できなかった。楽器ではコンサートグランドピアノ「CFX」とシンセサイザー「MONTAGE M」のほか、過去の「DX7」サウンドも出せる「refaceDX」、1960~70年代の特徴的な電子ピアノ音源を搭載した「refaceCP」といった小型シンセサイザーも用いた。各楽器の音響と舞台表現の連動など、緻密な進行管理を要したはずだ。2024年屈指のバックステージ企画として語り継がれよう。
人工知能(AI)や自動運転車が実用化し、産業社会は5.0の次元へと進み始めた。18~19世紀産業革命が育んだピアノは、ようやく2.0へと演奏をシフトさせつつある。「ピアノ1.0」はリストが19世紀前半に超絶技巧と先見性をもって創始したロマン派の演奏様式だった。それがあまりに偉大だったため、今日まで1.0様式は続いてきた。
トリスターノは「リストとの出会いが私の考えを覆した」とプログラムノートに書いた。21世紀のリストとして「ピアノ2.0」を推進する彼の前には、AIをはじめ、さらなる可能性が広がっている。ピアノの未来を体験したければ、トリスターノの演奏は聴き逃せない。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Takako Miyachi
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