Web音遊人(みゅーじん)

秩父英里

秩父英里が紡ぐ音の心象風景が詰まったデビューアルバム

バークリー音楽大学を首席で卒業した作編曲家・鍵盤楽器奏者の秩父英里。「ASCAPハーブアルパート・ヤングジャズ作曲家賞」を2019、20年に連続受賞。さらに仙台出身の彼女は2011年の東日本大震災での経験や留学中の経験をもとに作曲した『The Sea -Seven Years Voyage-』で「ISJAC/USF オーウェン賞(2020)」も受賞。その才能が国際的に注目を集めている。そんな彼女が2022年9月にデビューアルバム『Crossing Reality』をリリースした。

ひとつの曲の中で、旅をするような体験を

今回のデビュー盤には代表作ともいえる『The Sea -Seven Years Voyage-』をはじめ、秩父がこれまでに書き溜めてきた作品が収められている。
「アルバムタイトルの『Crossing Reality』は収録曲の中から取りました。この曲は、起きているのか夢の中にいるのかあいまいな状態のときに浮かんだ曲で、せっかくなのでそのこと自体をコンセプトにしようと思って書いた曲です。今回の収録曲全体をみても、空想と現実が入り混じっているような題材の曲が中心になったので、タイトルにも合っているかなと」
題材だけではなく、楽曲のつくり方にも共通したものがあるという。
「楽曲を一つのストーリーのようにしたいというのは共通していると思います。メロディーの形が変わらないけれど、さまざまな表現の仕方をすることで、一曲の中でいろいろな場所に旅したように聞こえたらいいなと」


[teaser] Eri Chichibu 1st Album “Crossing Reality”

色彩豊かな自然が目に浮かんでくるような楽曲たち

秩父の楽曲を聴いていると、目の前にさまざまな風景が見えてくるような感覚になる。彼女が育った仙台の景色は常に意識されているのだろうか。
「書いているときは意識していないのですが、書きあがったものをあらためて見てみると、仙台に限らずさまざまな景色を感じることがあります。水や風、木の揺れる様などが感じられて、無意識のうちに自然を音にしているのかなという気がします。一つのテーマとして私の中にあるのかもしれません」
バークリー音楽大学ではジャズ作曲と映像音楽を専攻し(ダブルメジャー)、ゲーム音楽も副専攻。そんな彼女の楽曲はジャンルレスで、あらゆる音楽の様相を聴きとることができる。影響を受けた音楽やアーティストについて尋ねると次のように答えてくれた。
「アーティストについてはたくさんいるので具体的なお名前を挙げるのは難しく、またその時々でも違うのです。ジャンルでいうと、もともと軽音楽をやっていたこともあり、ロックやポップスをはじめ、ジャズや映画音楽など、いろいろ聴きますね。普段から見ているものや感じているものなど音楽以外で影響を受けることも多く、そうしたものを表現するために“このハーモニーやリズムを使ってみたらどうだろう”と思い、曲ができあがっていくイメージです」

『The Sea -Seven Years Voyage-』も彼女が過ごした仙台での日々、さらに留学先で感じたことが反映されているという。
「この曲は留学して1年くらい経ち、日本のことを思い返すことで生まれた曲でした。日本にいる間、あえて震災のことを深く考えるということはしていなかったのですが、7年くらい経ったそのタイミングで不思議と“いま書こう”と思いました」
曲の途中で緊急地震速報を思わせる音型が印象的に響くこの作品は、どうしてもこの音を聴くと震災のつらい記憶などが呼び起こされると思うのだが、乗り越えたからこそできたのだろうか。
「日本を離れていたこともあって、少し自分の中で整理がついた、というのはあると思います。またこの曲は決して震災だけではなく、思わぬ形で音楽の道に進んだことなど、これまでの人生での体験や感じたことを込めて書きました。また後半では、前半に出てきたメロディーやコード進行がループしながら発展していきます。これには、日常は同じように繰り返しているようでありながらも実は常に変化しながら続いていく……という意味も込めているのです」


(live) The Sea – Seven Years Voyage – [composed by Eri Chichibu]

音楽と映像とのコラボレーションにも挑戦したい

話を聞いていると、秩父の音楽は彼女の中に広がるイメージ、または日々考得し感じていることが音楽になっていることがわかる。収集した仙台の街の音とジャズサウンドの融合、さらに映像とのコラボレーションも魅力的な組曲『Sound Map ←2020→ Sendai』(2020年7月発表。本アルバムには未収録)などを観ていると、彼女の中に広がる世界の一部を垣間見たような気がする。
「映像などとのコラボレーションもどんどんやっていきたいです。ドラマやCM、ゲームなどの音楽も書きたいですし、いつかは美術館やプラネタリウムなどとコラボレーションができたらうれしいですね」


[LIVE+] Sound Map ←2020→ Sendai (composed by Eri Chichibu)

聴いていると映像が目に浮かんでくるようなアルバム『Crossing Reality』は、秩父のこれまでの歩みが詰まっているのと同時に、これからのさらなる広がりを感じさせるディスクである。ぜひ彼女の紡ぐ音の中に広がる世界に浸ってほしい。

■インフォメーション

アルバム『Crossing Reality』
秩父英里
発売元:ReBorn Wood INC
発売日:2022年9月7日(発売中)
価格:3,000円(税込)
詳細はこちら

photo/ 垂水佳菜

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