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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#003 新旧ジャズの分水嶺となったハイブリッドな室内楽~『ポートレイト・イン・ジャズ』編

“名盤”のピックアップ3回目にして、早くも演奏者がダブるという事態が発生。

それだけビル・エヴァンスという人の功績が大きいということなので、ダブっても、「“名盤”を考え直す」というコンセプトなのだから気にしないようにして進めたいと思います。

『枯葉』/ビル・エヴァンスのアルバム『ポートレイト・イン・ジャズ』より。


参考動画:ポートレイト・イン・ジャズ+1/ビル・エヴァンス

アルバム概要

1959年にスタジオで収録された、ピアノ・トリオ(ピアノ~アコースティック・ベース~ドラムス)による作品。

リーダーであるピアニストのビル・エヴァンス(1929年生まれ)は30歳。幼少期からラフマニノフやストラヴィンスキーなどの音楽に親しんできた彼は、20世紀前半の“ジャズの展開”についても興味をもち、楽理的な面を含めて豊富な知識を得ていたと言われています。

1958年にはマイルス・デイヴィスのバンドに参加、翌年に脱退したものの、本作レコーディングの直前(といっても8~9か月ほど前になりますが)に、ジャズの流れを変えるエポック・メイキングなマイルス・デイヴィスのアルバム『カインド・オブ・ブルー』にも名を連ねていました。

マイルス・デイヴィスのバンドを辞して、念願のオリジナル・コンセプションを表現できるトリオで臨んだのが、この『ポートレイト・イン・ジャズ』です。

“名盤”の理由

『ポートレイト・イン・ジャズ』が“名盤”であるとされるのは、「リズムをキープすることに主眼が置かれていたリズムセクションのピアノ、ベース、ドラムスそれぞれに、独自の発想によるインプロヴィゼーションを展開する機会を与え、それが破綻なくまとめられている」からというのが定説です。

この背景を考えるには、ジャズがヨーロッパ音楽からもたらされた鼓笛隊と室内楽のハイブリッドな展開系であることを理解する必要があります。

ジャズは米ルイジアナ州のニューオーリンズで生まれ育った、と言われています。19世紀、ミシシッピ川河口の港湾都市として栄えたニューオーリンズは、ヨーロッパ交易の玄関口であるとともにアメリカ国内の主要都市を結ぶ交通網の起点でもありました。

交易で栄える街では、懐が豊かになった人たち相手の歓楽街が発展し、客をもてなす趣向が凝らされるようになります。そのひとつが、ジャズだったわけです。

そして南北戦争の余韻を残す19世紀後半に、用済みとなった軍楽隊人員(と楽器)が稼ぎ口を求めて集まったのもニューオーリンズでした。彼らはパレードにおける演奏を得意としていたわけですが、それだけでは歓楽街の専属バンドとして生き残ることができなかったため、ヨーロッパのサロンで流行していた室内楽的なアプローチも意識するようになります。

マーチングバンドから打楽器を減じ、音量を調節して生まれたのが、ジャズのラージ・アンサンブル(≒ビッグバンド)。クラシック音楽の三重奏や四重奏といった室内楽的なアプローチをマーチングバンド的に(つまりリズム・アクセントを強調できる楽器を取り入れて)アレンジし直したのがピアノ・トリオやサックス・カルテット、2管クインテットとなっていったと考えられます。

特に、室内楽的なアプローチでは、ジャズのアイデンティティとも言える“リズム楽器とのミクスチュア”に固執したことで、トリオは「ソロ楽器であるピアノに対してベースとドラムスが(ジャズらしい)リズムをキープする」というスタイルをあたりまえとする風潮を生んでしまったようです。

クラシック音楽に精通していたビル・エヴァンスは、室内楽が本来は楽器ごとの声部(=パート)の組み合わせを工夫して楽しむ音楽であることに立ち返るべく、ピアノと同様にベースもドラムスも“リズム専従”ではなく、旋律に絡んでくる役割を与えることができる環境をつくろうとしました。それを具現したのが、スコット・ラファロ(アコースティック・ベース)とポール・モチアン(ドラムス)によるトリオであり、この『ポートレイト・イン・ジャズ』だったということになります。

つまり、この『ポートレイト・イン・ジャズ』が“名盤”なのは、リズムセクションという固定観念をまとったパートの呪縛を解き放ち、20世紀後半に大きく飛躍する“ピアノ・ジャズ”の礎を築いたモデルケースの第1号であるという、栄誉ある地位を表しているからでもあるのです。

いま聴くべきポイント

『ポートレイト・イン・ジャズ』によって“リズムセクションという固定観念”から解放されたジャズは、それ以降の演奏アプローチや聞こえ方がまったく変わってしまった──と言ってもいいと思います。

4ビートを感じる曲調のときに「これはトラディショナルなジャズのフィーリングだ」と無条件に連想してしまうのは、おそらくこれが原因。つまり、「旧来のジャズと“これからのジャズ”の分水嶺」をビル・エヴァンスがつくっていたからこその印象だ──と言えるのではないでしょうか。

しかし、なによりも重要なのは、始めから終わりまでカッチリと4ビートで固められた曲調でなくてもジャズだと感じられるアプローチを発明して証明したのが『ポートレイト・イン・ジャズ』だった──ということです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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