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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#008 常識破りの音数の少なさが“ジャズの気分”に風穴を開けた~セロニアス・モンク『セロニアス・ヒムセルフ』編
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2023.3.6
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, セロニアス・モンク
モダン・ジャズのルーツのひとつであるビバップ。そのオリジネーターのひとりであるセロニアス・モンクの、ソロ・ピアノ演奏を収録した1957年のアルバム。1曲(『モンクス・ムード』)のみ、ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)とウィルバー・ウェア(ベース)が参加しています(別日収録)。
後年のCD化にあたっては、22分にも及ぶ『ラウンド・ミッドナイト』のアウト・テイクが加えられたことにより、セロニアス・モンクがさまざまな音楽的実験を行ない、それを周囲もサポートしていたことが(収録音源が残されていたことで)証明できるという、歴史的価値もある“名盤”です。
セロニアス・モンクは1917年に米ノースカロライナ州ロッキーマウントで生まれました。6歳からジャズのストライド奏法によるピアノを習い始め、10歳から2年ほど習った先生からはクラシックの手ほどきを受けています。
17歳で地元教会のオルガン奏者としてプロの道を歩み始め、やがてジャズの仕事に就くようになると、20代半ばにはニューヨークのマンハッタンにあったジャズクラブ“ミントンズ・プレイハウス”でレギュラー・ピアニストの座を獲得していました。
そのころ、つまり1940年代前半にセロニアス・モンクがやっていた実験的な挑戦がミュージシャン仲間のあいだで評判となって、ビバップを確立させていった──というのがモダン・ジャズ前史というわけです。
牽引役として注目されたセロニアス・モンクは、ブルーノート・レコード、プレスティッジ・レコード、リバーサイド・レコードといったインディーズ・レーベルで次々と作品を発表し、1962年には米4大レーベルのひとつであるコロムビア・レコードと契約するまでになります。
本作はメジャー契約のきっかけを作ったと言っても過言ではない、セロニアス・モンクの“ジャズの流儀”をシンプルに味わうことのできる、彼の前中期の傑作です。
一般にミュージシャンが上り調子の時期における“傑作”というと、超絶技巧全開でノリノリに弾きまくるというイメージが強いかもしれません。実際にジャズ・ミュージシャン(に限らずクラシックのミュージシャンでも)の“傑作”と呼ばれる作品群は、まず“弾きまくり”が第一条件だったりします。
ところが、この『セロニアス・ヒムセルフ』は、いきなりたどたどしい旋律で始まる『エイプリル・イン・パリ』をはじめとして、スロー・テンポで音数が少ない演奏ばかりが収録されています。
誤解を恐れずに言えば、ほかの“傑作”ではクールダウンするための“おまけ”のような曲ばかりです。
この2ヶ月半ほどあとに収録したアルバム『モンクス・ミュージック』とは好対照の演奏であることからも、『セロニアス・ヒムセルフ』の異質さが際立っているのです。
ジャズ・ピアノでは、コンピングと呼ばれるコード・バッキング奏法を用いることが多く、それによってリズミックなジャズ的サウンドを演出しているとも言える特徴的なテクニックです。
セロニアス・モンクのコンピングはジャズのなかでもさらに特異で、和音を感じさせるかさせないかのギリギリの線を狙ったかのようなものが多く、コンピングによるアクセント付けとあいまって、“セロニアス・モンクのジャズ”を強烈に印象づけるものになっています。
こうした彼の特徴的な演奏は、合奏でその効力が発揮されるものと言えます。つまり、セロニアス・モンクが共演者に、「こういうハズし方をすれば、気取ったアッパー連中に聞かせるための音楽じゃなくて、オレたちの気分を表現できる音楽になるんだ」と教えているような気がしてなりません。
ところがこの『セロニアス・ヒムセルフ』では、そんな“気負い”がまったく消えてしまい、彼の心理の深層に押し込めていた気分をそのまま吐き出しているような演奏と言えるのです。
いまでこそチルアウト(=スローテンポな形式の音楽)する楽曲は珍しくありませんが、半世紀以上前のポップス・ミュージック・シーンにおけるジャズでは、白熱するバトルこそがアイデンティティであり、テンポ・ダウンはラヴ・ソング(=バラード)だったら許されるというバイアスが強く働いていました。
それを打ち破ろうとする姿勢こそが、このアルバムを“名盤”と呼ばせるセロニアス・モンクの偉人たる所以でもあるわけです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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