Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#011 ジャズであるための理由を教えてくれる、かたくななピアノ・スタイル~ウィントン・ケリー『ケリー・ブルー』編

1960年代“黄金期”のジャズを象徴するピアニスト、ウィントン・ケリーの出世作。

10代からプロとしてのキャリアをスタートさせたウィントン・ケリーは、20代でダイナ・ワシントン(ヴォーカル)のバックを務めたり、ビバップのオリジネーターであるディジー・ガレスピーのバンドに参加するなど、着実にキャリアを積み重ねていました。

そして1959年、時代の寵児として脚光を浴びていたマイルス・デイヴィスから声がかかり、彼のバンドへ参加。歴史的名盤である『カインド・オブ・ブルー』の収録にも名を連ねることになります。

本作は、その『カインド・オブ・ブルー』のレコーディング時期と重なるようにして録られた、飛躍の瞬間をとらえた記念碑と言える作品です。


参考動画:ケリー・ブルー+2/ウィントン・ケリー

アルバム概要

メンバーは、マイルス・デイヴィスのバンドでも一緒のポール・チェンバース(ベース)とジミー・コブ(ドラムス)によるピアノ・トリオを軸に、2曲でナット・アダレイ(コルネット)、ボビー・ジャスパー(フルート)、ベニー・ゴルソン(テナー・サックス)が参加したセクステット(=6重奏団)となっています。

リリース時のアナログ盤には6曲を収録。CDリマスター版で2曲が追加されて、現行では8曲となっています。

“名盤”の理由

ベニー・ゴルソンは当時、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズで音楽監督的な立場にいたので、本作もその勢いにあやかろうという意図があったのかもしれません。

実際に、ベニー・ゴルソンが参加している収録曲『ケリー・ブルー』と『キープ・イット・ムーヴィング』は、彼がホーン・セクションのアレンジをしたものと思われる仕上がりになっていて、それがウィントン・ケリーのピアノの特異性を引き立たせる効果を生んでいます。

それでは、ウィントン・ケリーの特異性とはなにか?

ひと言で言えば、リズム&ブルースのフィーリングにあふれた演奏スタイルということになると思います。

その特異性があったからこそ、ビバップからハード・バップへとジャズが進化を遂げていく時期に、旧来のジャズ・ファンから新しもの好きまでを取り込んで支持されたのです。

それはまた、“ジャズにとって忘れてはならないものはなにか”をシッカリと主張するサウンドを備えている──ということだったはずです。

いま聴くべきポイント

ウィントン・ケリーの特異性は、ジャズを改革していく進取性とは逆のベクトルをもつものだと思います。

言うなれば、「不器用ですから……」とTVCMで語っていたイメージそのままの高倉健さんのように、変わりゆく時代に合わない自分を否定せず、認めている潔さに対して、ジャズ・ファンは共鳴してしまうのではないでしょうか。

時代の先に飛び出ることしか考えていなかったようなマイルス・デイヴィスがウィントン・ケリーを起用したのも、そのかたくななブルース由来のジャズのフィーリングを自分のバンドに混ぜることで、拠り所=アイデンティティを見失わないようにしたかったからではないか──とも想像できます。

ジャズのアイデンティティについての問題は、ロバート・グラスパーら現代の最先端を切り拓こうとしているミュージシャンたちの作品を読み解くうえでも参考になるポイント。

ピアノ・トリオとセクステットが混在した本作は、サウンド・コンセプトの違いによってアイデンティティをあぶり出すことのできる最適な教科書になっているのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

八神純子さん - 今月の音遊人

今月の音遊人

今月の音遊人:八神純子さん「意気込んでいる状態より、フワッと何かが浮かんだ時の方がいい曲になる」

13372views

音楽ライターの眼

ジャズ・ピアノ6連弾を振り返りながらジャズとクラシックの“分け目”を考えてみる

3940views

STAGEA(ステージア)ELB-02 - Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

見ているだけでわくわくする!弾きたい気持ちにさせるエレクトーン

7449views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

41769views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

12386views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

見えないところこそ気を付けて心を配る/弦楽器の調整や修理をする職人(後編)

8241views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

13620views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7454views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

12884views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

3242views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8490views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25170views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

10174views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

30652views

スティーヴ・ヴァイ

音楽ライターの眼

スティーヴ・ヴァイがバイカー仲間の亡き友と作った『ヴァイ/ガッシュ』が発表

1556views

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

7250views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

9491views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

44545views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

6746views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

8106views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

27059views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

13756views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views