Web音遊人(みゅーじん)

連載10[多様性とジャズ]1960年代の公民権運動で結ばれたジャズと多様性の強い絆

前々稿では、歌に頼らない方法を発展させることで、ジャズがポピュラリティを獲得した点について言及した。

ジャズは柔軟性を発揮することでバリエーションを増やし、それに伴って“陣地”を拡大したことがポピュラリティの獲得につながったわけだ。

しかし、ポピュラリティ=ダイバーシティ(多様性)ではないため、ジャズと多様性について論じるためには、もう少し角度を変えてジャズを見ていかなければならない。

ということで、ダイバーシティの視点を強めながら、ジャズを眺めてみることにしよう。

もともとダイバーシティは、1980年代のアメリカで芽生えた、人種や性別、価値観などの“違い”に価値を置くという考え方から始まっていた。その“違い”に気づく大きなきっかけになったのが、公民権法の成立(1964年)だった。

アメリカの公民権運動はアフリカ系アメリカ人が“アメリカ市民としての自由と権利を求める”として展開していたものだ。当然のことながら、公民権法の成立に至る1950~60年代において、アフリカ系アメリカ人が演奏する音楽、すなわちジャズと公民権運動は極めて親密な関係にあったことがうかがえる。

いや、公民権運動を推進していたアフリカ系アメリカ人の不満が、ジャズのクリエイティヴィティの原動力だったと言ったほうがいいかもしれない。

公民権運動の先頭に立った指導者のひとりであるマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)は、1964年9月にドイツのベルリンに招かれ、この年に第1回が開催されたベルリン・ジャズ・フェスティヴァルで基調演説を行なったとされている。そのときの一節がこれだ。

It is no wonder that so much of the search for identity among American Negroes was championed by Jazz musicians.

(アメリカにおける黒人のアイデンティティの模索が、ジャズミュージシャンによって行なわれてきたことは、なんら不思議ではない:筆者訳)

引用:Dr. Martin Luther King, Jr. on Jazz and the Freedom Movement

この一節を含む演説(もしくはプログラム冊子用の寄稿文という説もある)でも示されるように、ジャズは公民権運動にとってかなりシンパシーを感じうる存在だったと言えるだろう。

また、そのキング牧師を題材にして、ジャズ・ジャイアンツのひとりであるデューク・エリントンが『キング・フィット・ザ・バトル・オブ・アラバム(King Fit the Battle of Alabam)』という曲まで書いているから驚きだ。

この曲は、奴隷解放宣言100周年(1963年)を記念してシカゴで開催された「黒人進歩の世紀」と題された展覧会で上演されたミュージカル「マイ・ピープル」の挿入曲で、アラバマ州バーミングハムの悪名高いブル・コナー(警察署長/公安委員長)を風刺した内容になっている。

アラバマ州バーミングハムはかつて、アメリカで最も人種差別がひどい街と言われていた。それを証明するかのように、1963年4月にはキング牧師が市警によって逮捕・収監され、同年9月には白人至上主義者による“16番通りバプティスト教会の爆撃”と呼ばれるテロで4人のアフリカ系アメリカ人少女が死亡するなど、全米へ波及する事件が勃発していたのだ。

エリントンは「黒人進歩の世紀」のためシカゴに滞在していたときにキング牧師と面会する機会を得て、それが『キング・フィット・ザ・バトル・オブ・アラバム』を書くきっかけになったようだ。

このように、公民権運動という政治的な活動と、娯楽から生まれたジャズが、かなり密接な関係になっていたのが1960年代。このことが、ジャズに多様性を強く意識させる源泉にもなっていたのではないかと推測する根拠になる。

次回は、公民権運動に端を発したジャズと多様性の関係が、1980年代以降にクローズアップされていったダイバーシティから見るとどう変化したのか──を考えてみたい。

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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