Web音遊人(みゅーじん)

ウィグモア・ソロイスツ・コンサート

変幻自在の表現力、至福のアンサンブル/ウィグモア・ソロイスツ・コンサート

音楽は人を幸せにする。2023年9月7日、ヤマハホールでの「ウィグモア・ソロイスツ・コンサート」。英国ロンドンの名門コンサートホールの名を冠したウィグモア・ソロイスツの来日公演だ。英クラリネット界の重鎮マイケル・コリンズ、オランダ出身のバイオリン兼ビオラ奏者イザベル・ファン・クーレン、2018年第10回浜松国際ピアノコンクール第1位のトルコ人ピアニスト、ジャン・チャクムルの3人。変幻自在の表現力で至福のアンサンブルを聴かせた。

三者三様の個性の組み合わせが創り出す別世界

独奏者(soloist)を複数形にした楽団名の通り、三者三様の強烈な個性だ。ほかの楽器の演奏家もいて、いろんな組み合わせができる可変室内楽アンサンブルという。今回来日した3人が様々な組み合わせで二重奏や三重奏をすると、それぞれ異なる世界が出現した。

1曲目はベートーヴェンの『バイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調「春」Op.24』。第1楽章の冒頭ではクーレンのバイオリンが弱くかすれがちに思えたが、展開部から個性が際立ってきた。ビオラ奏者でもあるせいか、中音域が倍音豊かに大らかに聴こえる。その素朴な味わいが分かると、彼女のバイオリンの魅力に引き込まれていく。チャクムルのピアノは自らの個性を力みなく淡々と示しつつ、相手の魅力を引き出す演奏だ。

ウィグモア・ソロイスツ・コンサート

白眉は第2楽章アダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ。これほど静かに美しい「春」の緩徐楽章を聴いた記憶はあまりない。ピアノの穏やかなアルペジオに乗って、バイオリンがなだらかな丘陵地のような旋律を柔らかい音色で奏でる。第1楽章の旋律で有名な「春」だが、第2楽章の歌の魅力に改めて気付かされた。

2曲目は別世界。コリンズが加わり、ハチャトゥリアンの『バイオリン、クラリネットとピアノのための三重奏曲 ト短調』を演奏した。この作曲家らしいジョージアとアルメニアの民族色に満ちた作品だ。クーレンは打って変わってオリエンタルな超絶技巧風のバイオリンを聴かせる。コリンズのクラリネットはホルンのように雄大に響いたり、速いフレーズで濃厚に異国情緒を印象付けたり、コーカサス地方の民族色が怖いほど伝わってきた。

コリンズとチャクムルによるプーランクの『クラリネット・ソナタ』では、また雰囲気が変わり、俊敏なデュオで諧謔や都会の喧騒を表した。プーランク最晩年の作品だが、コリンズのクラリネットはユーモアと遊び心も交え、温かい人情味も感じられた。

ウィグモア・ソロイスツ・コンサート

作品解釈と選曲の可能性が広がる可変室内楽

後半はクーレンが楽器をビオラに替え、新たな魅力を聴かせた。ブルッフの『8つの小品Op.83』から選曲した「第5、6、7、8番」では、3人の抒情的な表現を堪能できた。特に短調と長調が変転する第6番『夜の歌』では、クラリネットとバイオリンが薄明りのような音色の対話を繰り広げて印象深かった。

ウィグモア・ソロイスツ・コンサート

 

最後はモーツァルトの『ピアノ、クラリネットとビオラのための三重奏曲 変ホ長調「ケーゲルシュタット」K.498』。コリンズとクーレンが初共演したこだわりの曲だ。バランスよく明快なアンサンブルで、音楽の楽しさを実感する至福の時間となった。

作品の解釈と選曲の可能性が広がる可変室内楽アンサンブル。ウェルビーイング(心身の健康や幸福)の新時代にふさわしい清新の演奏芸術を今後も期待したい。

ウィグモア・ソロイスツ・コンサート

 

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
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