Web音遊人(みゅーじん)

塩谷哲

今月の音遊人:塩谷哲さん 「僕の作る音楽が“ポップ”なのは、二人の天才音楽家の影響かもしれませんね」

作編曲家、ピアニストとして、ソロはもちろん数多くのアーティストやオーケストラと共演し、幅広い活躍を続ける塩谷哲さん。2023年にソロデビュー30周年を迎えた塩谷さんに、音楽への向き合い方やその思いを伺いました。

Q1.これまでの人生の中で一番多く聴いた曲は何ですか?

時期によって聴き込んでいたものが違うので難しいのですが、幼い頃の記憶にあるのはピアニストのオスカー・ピーターソンです。父が大ファンだったこともあって、家や車の中では必ずと言っていいほど彼の曲が流れていました。特に繰り返し聴いていたのは、ジャズ界の巨匠の演奏が収録されたコンピレーション作品で、その一曲目の『Cジャム・ブルース』が始まると僕もワクワクしてね。グルービーでとても気持ち良かった。幼稚園に入る前の話だから、これが音楽的な原体験かな。また、それと同時期に姉がバレエを習っていたので、母と一緒にレッスンを見に行くことがあったんです。その稽古場で流れていたチャイコフスキーがクラシック音楽への入り口でした。ピーターソンもチャイコフスキーも、難解ではないけれど深い世界感を持っている、子ども心に真っすぐ入ってくる“かっこいい音楽”だったんですよね。
中学生になるとジノ・ヴァネリ。ロックとAOR(Adult Oriented Rock)の境目みたいなカテゴリーのシンガーソングライターで、作曲もするしキーボードも弾くし歌もとても上手い。当時は『ジスト・オブ・ジェミニ』に収録されている『アグリー・マン』をずっと聴いていました。暗い曲なんだけど大好きでね。でも、最終的にはピーターソンに戻っちゃう(笑)。
そんなことを思いながらこれまでの活動を振り返ってみると、自分の作る音楽はシンプルでわかりやすい、つまりは “ポップであること”を求めているような気がします。そこにはやはり幼少期によく聴いていたオスカー・ピーターソンとチャイコフスキーという二人の天才音楽家の影響があるのかもしれません。

Q2.塩谷さんにとって「音」や「音楽」とは?

「音」は日常にあふれているものだけれど、「音楽」は人間にしか生み出せないクリエイティブなものというイメージです。なぜ音楽が誕生したのかは定かではありませんが、リズムが生まれ、メロディが生まれ、それを重ねることでハーモニーが生まれ、楽器が生まれ、オーケストラになる……。このクリエイティビティは奇跡的なことだと思います。そして、どんな天才も先人たちが残したものにインスパイアされて、さらに新しいものを生み出す。そうやって誕生した音楽、芸術は人類にとって大切なものだと実感しますし、それに携わって、誰か一人にでも自分の音楽が影響を与えられているとすれば幸せな人生ですよね。音楽は形に残らないし、価値が数字で計れるものでもありませんが、誰かにとって大切な一曲がある。それはとても尊いことだと思います。
そんなことを強く感じたのは東日本大震災の年。当時、活動自粛期間が続いてコンサートも全部中止になりました。「音楽は不要不急のものなんだ。所詮そんなものか」なんて寂しく思ったりもして。でも活動再開後、最初のステージに立った時、「これを待っていたんです!」というようなお客様の拍手と熱気に身が引き締まる思いがして、音楽の価値を考え直すきっかけになりました。
だから自分にとって音楽はとても大きな存在。僕にとっても、皆さん一人ひとりにとっても、なくてはならないとても大切なものなんじゃないかなとあらためて思っています。

塩谷哲

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?

僕自身も、そして共演する方々も「音で遊べる人」なのかも。そこにある音楽をどう感じているかをキャッチボールする、それが意識せずにできた時に「音で遊ぶ」という感覚になりますね。でも、それは元々みんなが持っているもののような気もします。「なぜだかわからないけど弾いてみたい、叩いてみたい」と自由に楽しむこと自体が音楽的行為、「音で遊ぶ」ことの原点だと思うんです。その延長線上で、音楽や楽器が好きで、好きで仕方ない!と職業にした人が音楽家と呼ばれているのかもしれません。
それに、音で遊ぶ人=音遊人は、プロの音楽家だけを指すのではなくて、きっと誰しもがそうなんですよ。一人ひとりにその人固有の音楽があって、それは楽器が弾けるとか歌が上手いとか、そういうこととは関係ない。その人にとって大切な音楽や曲があり、好きな作曲家や演奏家がいることが素晴らしいんです。日常のふとした時に鼻歌を歌ったり好きな曲を口ずさんだりすることも「音で遊ぶ」ことですもんね。だから、決して特別なものではなく、誰しもが音で遊ぶ人、音遊人である。僕はそう思います。

塩谷哲〔しおのや・さとる〕
東京藝術大学作曲科出身。在学中より10年に渡りオルケスタ・デ・ラ・ルスのピアニストとして活動。ソロアーティストとしても現在までに12枚のオリジナルアルバムを発表。自身のグループをはじめ、小曽根真との共演や佐藤竹善との「SALT & SUGAR」、上妻宏光との「AGA-SHIO」のほか、多数のコラボレートやコンサートシリーズの主催など、その活動のジャンル・形態は多岐にわたる。現在、国立音楽大学ジャズ専修准教授。2023年にソロデビュー30周年を迎えた。
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photo/ 阿部雄介

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