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イサオ・ナカムラ ノリコ・ツカゴシ マリンバデュオ・リサイタル

現代音楽を楽しく、おもしろくする鍵盤打楽器/イサオ・ナカムラ ノリコ・ツカゴシ マリンバデュオ・リサイタル

マリンバという鍵盤打楽器が現代音楽を楽しく、おもしろくしている。2024年3月16日、ヤマハホールで開かれた「イサオ・ナカムラ ノリコ・ツカゴシ マリンバデュオ・リサイタル」。世界的打楽器奏者イサオ・ナカムラ(中村功)と世界屈指のマリンバ奏者の塚越慎子による2台マリンバ演奏だ。現代音楽からノリノリのタンゴとサンバまで、マリンバの可能性を存分に聴かせた。

「打楽器+鍵盤楽器」の魅力

様々な打楽器を手掛けるナカムラは、シュトックハウゼンやケージら20世紀を代表する現代音楽の作曲家たちから厚い信頼を得てきた。献呈され、世界初演した作品は数多い。そのナカムラが「マリンバだけを演奏するのは初めて」というのが、日本の現代音楽を中心とした塚越とのデュオ公演。2人は2024年1月から2月にかけて、ナカムラが教授を務めるカールスルーエ国立音楽大学、ナカムラの母校フライブルク国立音楽大学のドイツ2カ所で同プログラムの公演を行い、絶賛された。

作曲陣は日本の現代音楽の錚々たる顔ぶれ。石島正博、宮川彬良、挾間美帆、藤倉大、細川俊夫、河添達也。うち今回ドイツで世界初演し、この日に日本初演となったのが3曲。それにピアソラの親友だったアルゼンチンの作曲家サウル・コセンティーノのタンゴ3曲、ナカムラ編曲のサンバメドレーを加え、計7曲が日本初演だ。

マリンバは木琴の一種。ピアノと同配列の鍵盤をマレットで打って鳴らす。現代音楽の作曲家がマリンバに惹かれるのは「打楽器+鍵盤楽器」だからだ。西洋音楽にアフリカ系のジャズ、南米音楽などが融合し、様々なポップスが開花した20世紀。アフリカの打楽器と西洋の鍵盤楽器の性格を併せ持つマリンバで新しい音楽を創造したくなる。

イサオ・ナカムラ ノリコ・ツカゴシ マリンバデュオ・リサイタル

歌うマリンバの真骨頂

いきなり2人の強烈な打鍵。不協和音が鳴り響いた。1曲目、石島正博の『PROCESSION(行列)』(2011年)。幅広い音域で半音階的な分散和音が続く。音楽は目で見て楽しむものだとストラヴィンスキーは言ったが、2人の躍動感あふれるパフォーマンスも音楽だ。やがて2人の動きが静まり、小さなトレモロとなり、祈りのような音楽に変わった。

続いて宮川彬良の『September Notes~九月の覚え書き~』(2023年)は日本初演。「かわいい曲」と塚越が紹介した通り、童心あふれる曲。のどかで印象深い動機を基本とし、モーツァルト風の晴れやかなかなしみも時々差し込む。プログラムノートを見ると、自宅のチワワが出産を控えていた9月に作曲した経緯を宮川は書いていた。2台マリンバの追いかけ合い、夢見心地のトレモロなど、組曲風に子供のファンタジーを繰り広げた。

3曲目は塚越の独奏で挾間美帆の『マリンバのための小狂詩曲』(2017年)。塚越の2022年のデビュー15周年アルバム『カンタービレ』に収められた1曲だ。小さなトレモロから始まり、ジャズとも無調とも思える響きの中から五音音階が立ち上がり、やがて宮城道雄の『春の海』の旋律が現れる。歌うマリンバの真骨頂だ。

塚越慎子

ホール全体が音響生命体に

前半最後は再びデュオで藤倉大の『Kodama(木霊)』(2023年)の日本初演。ナカムラが強打で音列を繰り出し、塚越が小さなトレモロを奏でる。2人の対照的な音色が木霊のように呼応する。藤倉はマリンバのデュオとは何かを考えたという。終結部では2人が最強音で高音域を連打し続ける。ホール全体が2人の音響生命体と化し、森の木霊どころか、藤倉のオペラ『惑星ソラリス』の海にまで連れていかれる気分になった。

イサオ・ナカムラ ノリコ・ツカゴシ マリンバデュオ・リサイタル

後半は細川俊夫の『2台のマリンバのための“想起 Ⅱ”』(2024年)の日本初演。2002年作曲の「想起」をデュオのために作り直した。低音域の最弱音のトレモロから始まり、オーケストラの低音弦のような響きを聴かせる。柔らかめのマレットを使い、音色がまろやかだ。穏やかな海に浮かぶようなアンビエントな雰囲気もマリンバは出せる。

次はナカムラの独奏で河添達也の『DuoⅡ―マリンバ・ソロのための―』(1991年)。楽器機能探究型の音楽か。ナカムラは鍵盤を弓で擦ったり、指ではじいたり、特殊奏法が続々登場。最後は鍵盤の一部を手で外して楽器の機能を廃し、丸めた鍵盤の山にとどめの一撃をポン。現代音楽のユーモアを楽しめた。

イサオ・ナカムラ

「現代の音楽」のけん引役

終盤はコセンティーノのタンゴ3曲『エン・ラ・エンボスカーダ』『カノープス』『アル・ロホ・ビボ』(2023年)の日本初演。郷愁を誘う旋律とタンゴのリズムが身に染みる。『カノープス』は3連符を含むフレーズが洒脱だ。

最後はナカムラ編曲の『サンバメドレー』(2023年)の日本初演。名曲『トリステーザ』を2人は歌いながら弾いた。タンゴにも傾倒する塚越、「サンバの帝王」の異名もとるナカムラ。現代音楽もラテンも隔たりなく奏でるマリンバは「現代の音楽」をけん引する。

イサオ・ナカムラ ノリコ・ツカゴシ マリンバデュオ・リサイタル

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介

photo/ Ayumi Kakamu

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