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エマーソン、レイク&パウエル『The Complete Collection』/1980年代、プログレッシヴ・ロックが変化を迎えた瞬間
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2024.2.21
tagged: 音楽ライターの眼, エマーソン、レイク&パウエル, Emerson Lake And Powell, The Complete Collection
エマーソン、レイク&パウエルの集大成アンソロジー『The Complete Collection』が2024年4月、海外でリリースされる。
1970年代、英国のプログレッシヴ・ロック・グループであるエマーソン、レイク&パーマーのメンバーとして一世を風靡したキース・エマーソンとグレッグ・レイクがハード・ロック界の重鎮ドラマー、コージー・パウエルと合体。ジェフ・ベック・グループ、レインボー、マイケル・シェンカー・グループ、ホワイトスネイクなどでパワフルなドラミングを披露してきたコージーを得たこのトリオはアルバム『エマーソン、レイク&パウエル』を1986年5月に発表。全米チャート35位を筆頭に世界各国でヒットを記録、8月から11月にかけて大規模な北米ツアーを行っている。新時代のプログレッシヴ・スーパーグループとして期待をかけられた彼らだったが、音楽性の食い違い、マネージメントとの軋轢などで空中分解。2枚目のアルバムは作られることがなかった。
エマーソン、レイク&パウエルは1980年代におけるプログレッシヴ・ロック再編成を象徴するバンドのひとつだった。
1970年代にひとつのムーヴメントを生んだプログレッシヴ・ロックだが、ディケイドの後半に大きな変革期を迎える。エマーソン、レイク&パーマーは解散、イエスはフロントマンが交替、ジェネシスは3人編成に縮小、ピンク・フロイドはロジャー・ウォーターズの独裁体制化を経て崩壊するなど、ひとつの時代の終わりを感じさせた。
プログレッシヴ・ロックの変動の原因をパンクとディスコの台頭によるものだとする評論家もいる。それも間違いではないだろうが、彼らの多くは10年以上同じバンドで活動しており、変化を必要としていたのである。
ひとつの終わりはひとつの始まりでもあった。1980年代に入ると、ベテランを中心とした新たなプログレッシヴ・ムーヴメントが動き出す。1974年に活動を停止していたキング・クリムゾンが新ラインアップで再始動。スーパーグループのエイジアがデビュー、さらにイエスやジェネシスがヒット・チャート上位にランクインしている。
イギリスでは一部マスコミが「メタル・ブーム(いわゆるN.W.O.B.H.M.)の次はプログレッシヴ・ブームだ!」と煽り、マリリオン、パラス、IQ、トゥエルフス・ナイトなど若手プログレッシヴ・バンドを“ポンプ・ロック”として売り出した。その中でマリリオンは当初ジェネシス・クローン呼ばわりされたが1985年、『哀愁のケイリー』のヒットを経てブームを超えた人気バンドとなっていく。
そんな1980年代プログレッシヴ・ロックの特徴は、ポップ化が目立ったことだった。エイジアの『ヒート・オブ・ザ・モーメント』、イエスの『ロンリー・ハート』、ジェネシス『ザッツ・オール』などはキャッチーでコンパクトな曲作りで、いずれもシングル・ヒットを記録している。アルバムの他の曲を聴いてみると実験的な、時に難解なものもあったりするのだが、1970年代的な大作主義のコンセプト・アルバムはめっきり減っていた。
1986年には元イエスのスティーヴ・ハウと元ジェネシスのスティーヴ・ハケットのツイン・ギターによるスーパーグループGTRがアルバム『GTR』を発表しているが、やはりキャッチーなメロディの曲がフィーチュアされていた(シングル曲『When The Heart Rules The Mind』は邦題が『ハート・マインド』という、端折りすぎて意味が判らないものだった)。
そして同じ1986年5月に発売となったのが『エマーソン、レイク&パウエル』だった。
1980年代プログレッシヴ勢のキャッチーな路線は、コアなファンからすると必ずしも歓迎すべきアプローチではなかった。ロックとクラシックの融合を図った音楽性、卓越したテクニックに裏打ちされた演奏、精神性をテーマにしたトータル・コンセプトなどを求める彼らからすると、ソフトなラブ・バラードは“軟弱な売れセン狙い”でしかなかった。
だが『エマーソン、レイク&パウエル』は、世界中のファンが期待する“エマーソン、レイク&パーマーのアルバムでコージー・パウエルが叩く”サウンドをありったけ提供する作品だった。“前作”の『ラヴ・ビーチ』(1978)は酷評もされたアルバムだったが、本作は熱狂的に迎えられた。1曲目『ザ・スコアー』は高揚感のあるダイナミックなインストゥルメンタルで、日本では『ワールドプロレスリング』テーマ曲として35年にわたってお茶の間でも親しまれている。シングル・カットされた『タッチ・アンド・ゴー』はキース・エマーソンの荘厳なキーボードがファンファーレを奏でる曲。『ラヴ・ブラインド』『レイ・ダウン・ユア・ガンズ』はAORテイストのあるソフトな曲だが、ファンは長年グレッグ・レイクの各バラードに慣らされてきたため“軟弱”という誹りを受けることはなく、むしろ歓迎されている。ラストはグスタヴ・ホルストの『惑星』から『火星』をロック・アレンジする大盤振る舞いだ。
このアルバムはプログレッシヴ・ロック史におけるターニング・ポイントとなった。これまではどのアーティストも“プログレッシヴ=先進的”であることにこだわり、それがオールド・ファンから反発を食らうこともあった。だが本作にはファンの求めるトラディショナルEL&Pサウンドが、さらに一歩前進した形で収められている。
ちなみに翌1987年にリリースされたピンク・フロイドの『鬱 A Momentary Lapse Of Reason』も斬新であることよりファンのニーズに応えたトラディショナル志向の作品だったし、1980年代末にはジョン・アンダーソンが元イエスの中間たちと合流、アンダーソン・ブラフォード・ウェイクマン・ハウでこれぞイエス!な音楽性を提示してみせた。『エマーソン、レイク&パウエル』は1980年代におけるプログレッシヴ・ロックのゲームチェンジャーとして、改めて評価されるべき作品だ。
アルバム1枚のみで解散したこのバンドだが、2003年には1986年の未発表ライヴ・アルバム『ライヴ・イン・コンサート』とツアー・リハーサルを収めた『ザ・スプロケット・セッションズ』がリリースされた。今回の『The Complete Collection』はそれらのアルバム、そしてシングルB面曲をデジタル。リマスターしてCD3枚組に収録した、まさにタイトル通りのコンプリート・コレクションである。
キース・エマーソン、グレッグ・レイク、コージー・パウエルの3人はもはやこの世の人ではない。だが『The Complete Collection』はありし日の3人がプログレッシヴ・ロックの流れを変えた瞬間を蘇らせることになるだろう。1980年代もプログレッシヴ・ロックは熱かったのだ。
発売元:Cherry Red Records
発売日:2024年4月12日発売
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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