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音楽ライターの眼「孤高のブリティッシュ・ロックの“巨人”フィッシュが2025年、ミュージシャンを引退」

孤高のブリティッシュ・ロックの“巨人”フィッシュが2025年、ミュージシャンを引退

フィッシュの旅路が終わりを告げる。2025年2月から3月にかけてのイギリス・ツアーを最後に、彼は40年以上におよぶアーティストとしての活動にピリオドを打った。そのラスト・ショーは3月9・10日、グラスゴー“02アカデミー”2日連続公演だった。

マリリオンでの成功

フィッシュがその名を知られるようになったのは1980年代初め、マリリオンのシンガーとしてだった。初期ジェネシスを思わせるプログレッシヴでシアトリカルな音楽性は、フィッシュの2メートルを超える身長と顔面ペイントというヴィジュアルと相乗効果を起こし、デビュー時から大物新人として注目を浴びている。

イギリスのヘヴィ・メタル・ブーム(N.W.O.B.H.M.)が翳りを見せる中、マスコミが「次に来るのはプログレッシヴ・ロックだ!」とぶち上げたのがプログレッシヴ・リバイバル=“ポンプ・ロック”であり、その看板バンドとして持ち上げられたのがマリリオンだった。本家ジェネシスがポップ路線に向かっていたこともあり、コアなプログレッシヴ・ファンからの支持を得たのに加えて、彼らはメインストリーム市場でも人気を獲得。アルバム『Misplaced Childhood』(1985)が全英チャート1位、同作からのシングル『Kayleigh』は2位と大ヒットを記録した。彼らはまた1985年の“モンスターズ・オブ・ロック”フェスではセミ・ヘッドライナー、翌1986年には自らがトリを務めるフェス“ウェルカム・トゥ・ザ・ガーデン・パーティ”も開催されるなど、イギリスでは飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

ただ、1980年代のプログレッシヴ・リバイバルは決して強固なものではなく、パラス、IQ、トゥエルフス・ナイトなどの代表バンドはメインストリームに届かず、マリリオンの一人勝ち状態だった。彼らもまたも国外市場では苦戦、1985年12月のジャパン・ツアーは日本青年館2公演を含むものだったが観客動員はパッとせず(ただし『Misplaced Childhood』全曲披露を含むライヴ内容は素晴らしいものだった)、翌1986年に2か月にわたって行われた北米ツアーも苦戦を強いられている。

とは言いながらもハードなツアー活動によって成功を収めていたマリリオンだが、経理面のトラブルでフィッシュとマネージメントが決裂。バンドのメンバー達がマネージメント側に付いたため、フィッシュは1988年に脱退している。

豊潤なソロ・キャリア

フィッシュはアルバム『Vigil in a Wilderness of Mirrors』でソロに転向。その音楽性と歌声、マリリオンの過去作を手がけてきたマーク・ウィルキンソンによるジャケット・アートのおかげもあり、新シンガーのスティーヴ・ホガースを迎えた古巣マリリオンと較べて「こちらこそが真のマリリオン」という印象をファンに与えた。

続くソロ第2弾『Internal Exile』(1991)も音楽性の幅を広げた充実作で、シングル『Internal Exile』『Credo』がヒット。ただ厳しいスケジュール、ミックスへの不満などから彼はメジャーのレコード会社を離れ、自主レーベルからマイペースで作品を発表することになった。それによって彼はクリエイティヴ面のコントロールを得ることになるが、その一方でメジャーによる配給網を失うことに。ウェブサイト経由で通販が可能となったものの、ライトなファンよりもコアな固定マニア層がターゲットになっていき、日本のメディアで彼の名前を見かけることは稀になっていった。

それでも彼は数年ずつのインターバルを置きながらコンスタントに作品を発表。2020年のアルバム『Weltschmerz』もそのクオリティの高さで熱心なファンを喜ばせたが、その魅力が音楽ファンに広く伝わることがなかったのは残念だ。

ミュージシャン引退とその後の活動

フィッシュが音楽活動から撤退することを考え始めたのは2015年頃だったという。彼は「自分が70歳になっても『Kayleigh』を歌っているのは想像できない」と海外インタビューで語っており、もっと早くさよならツアーを行うつもりだったが、コロナ禍の余波で遅れが生じ、2024年のヨーロッパ・ツアー、そして2025年のイギリス・ツアーがラストになった。両ツアーはいずれの公演も大勢の観衆で盛り上がり、彼のキャリアを大団円で締め括った。

気になるのは、フィッシュの今後の活動である。ロック・ミュージシャンとプロレスラーの“引退”ほどアテにならないものはないが、彼は音楽活動から身を退き、スコットランド北部のバーナレイ島で畑を耕すという。長年スポットライトを浴びてきた彼のようなロック・スターがそのような地味な生活を送れるのか?と野次馬的な興味もあるが、彼はホーム・スタジオを売却、自主レーベル“チョコレート・フロッグ・レコーズ”を閉鎖して過去のアルバムやTシャツの通販なども終了、いちおうラスト・ツアーの数公演はライヴ・レコーディングしたもののアルバム化する予定はなし、など、現時点ではミュージシャン引退は本気のようだ。

マリリオンからソロまで、個性溢れるサウンドで世界中のファンを魅了してきたフィッシュの第2の人生が実りの多いものであることを祈ろう。

■FISH公式サイト

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山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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