Web音遊人(みゅーじん)

徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.10

演奏者たちの個性と作品の情緒がぴたりと合う/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.10

バイオリン、チェロ、ピアノの各分野で第一線を走り続けるベテランによるトリオ・コンサートに、足を運んだ。徳永二男、堤剛、練木繁夫はいずれも、昭和後期から平成初期にかけての、日本におけるクラシック音楽伸張期に、本邦楽壇の屋台骨を支えた面々だ。

この3人が2015年から、ヤマハホールを舞台にピアノ三重奏の演奏会を続けている。2024年2月10日にヤマハホールで行われたマチネは記念すべき10回目の公演。プログラムにはベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの名前が並ぶ。これは、ドイツ系の室内楽の系譜60年分を追う構成。3曲を並置することで、このジャンルの持つ音楽的な意味合いや社会的な意義の違いを、時代別に浮き彫りする狙いがあったとしてもおかしくない。しかし、この日の面白さの中心はそこにはなく、演奏者たちの個性の競演のほうにあった。

徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.10

三者三様の表現方法

最初にピンと来たのはピアノの響きだった。ベートーヴェンの三重奏曲第4番第1楽章では、長調から短調に移るとき、サウンドの重みがぐっと増す。和音の構成音のうち、どれを厚く鳴らすかによって、その重みが変化するらしい。この、ピアノによる軽重の移り変わりを土台にして、その上を弦楽器が行き来する。ピアニスト練木の演奏スタイルは、音の重さに力点を置いている。

弦楽器奏者ふたりの表現法はまた別だ。バイオリニストの徳永は、音のスピード変化で曲の力動を示す。弓を運ぶ速さが音のスピードに直結しているのだろう。スピードの遅い音はたっぷり力強く、速い音は鋭く軽やかに聴こえる。

チェリスト堤の音の特徴は、その太さにある。聴き手の元に届く音を“輪切り”にしたとき、その断面積が場面によって大きく変化する。それは実体感の変化と言ってもよいだろう。弓を弦に押し当てる際、その圧力をこまめに変えているのかもしれない。この方法で堤は、音楽空間の伸び縮みを巧みに掬い上げる。

徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.10

鮮やかに描き出される作品世界

このように表現法のおよそ異なる三者で、果たしてアンサンブルはうまくいくのか。その点に心配はなかった。たとえば、自動車はさまざまな要素、ボディー重量、エンジン出力、タイヤ径などの組み合わせにより、全体として人間にとって快適な走行を実現する。このトリオもそれと同じ。3人が表現上、違った役割を果たすことで、全体として作品世界を鮮やかに描き出していく。

そんなトリオの“燃費”がもっとも優れていたのは、メンデルスゾーンの三重奏曲第1番のアンダンテだった。練木の重さ、徳永の速さ、堤の太さの変化の度合いが一致する。さらに、3人の表現と作品の持つ情緒との間で平仄ひょうそくがぴたりと合う。“状態の良い車”が、その車に“もっとも適した路面状況”で走っているわけだ。客席の集中力も、そこでぐっと上がった。

演目をすべて終えたあと、徳永が挨拶かたがたアンコール曲の意向を客席に尋ねる。結果はくだんのアンダンテ。ステージ上の3人がニヤリとする。演奏者も客席も、今日はこの曲に尽きる、という思いを共有した瞬間だった。

徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.10

澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了(音楽学)。柴田南雄音楽評論賞奨励賞(2007年度)および本賞(2011年度)受賞。著書に『音楽家65人の修行時代』(単著)、『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『やみつき!バッハ』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。

photo/ Ayumi Kakamu

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

八神純子さん - 今月の音遊人

今月の音遊人

今月の音遊人:八神純子さん「意気込んでいる状態より、フワッと何かが浮かんだ時の方がいい曲になる」

15336views

音楽ライターの眼

連載13[多様性とジャズ]デビューの危機に救いの手を差し伸べたアトランティックとの“見えない絆”

2056views

長く使い続けてもらえる電子ドラムを目指して──電子ドラム「DTX6K5-MUPS」

楽器探訪 Anothertake

長く使い続けてもらえる電子ドラムを目指して──電子ドラム「DTX6K5-MUPS」

1308views

CLP-825WH

楽器のあれこれQ&A

はじめての電子ピアノを選ぶポイントや練習を続けるコツ

4898views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

21379views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

オーケストラのステージの“演奏以外のすべて”を支える/オーケストラのステージマネージャーの仕事(前編)

46759views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

26555views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7327views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

25233views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

9449views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5445views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28273views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

17096views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

26574views

音楽ライターの眼

酒井麻生代のフルートには、ジャズのマイナー楽器として張ってきた虚勢を排した清々しさがある

7338views

オトノ仕事人

深く豊かなクラシックの世界への入り口を作る/音楽ジャーナリストの仕事

5953views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

9449views

楽器探訪 Anothertake

おしゃれで弾きやすい!新感覚のアコースティックギター「STORIA」

53538views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

8576views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

9435views

楽器のあれこれQ&A

ドの音が出ない!?リコーダーを上手に吹くためのアドバイスとお手入れ方法

214710views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4497views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35096views