Web音遊人(みゅーじん)

亀井聖矢

大切にしたいのは、心の内から湧き出る衝動/亀井聖矢インタビュー

正統的なクラシックの演奏技術とドラマティックな感情表現で、同世代のピアニストの中でも抜群の人気を集める亀井聖矢。2001年生まれ、2024年3月現在22歳。2022年パリのロン・ティボー国際音楽コンクールピアノ部門で優勝、また2023年秋からはヨーロッパ留学もスタートさせ、世界に向かって新しい音楽の扉を開き続けている。

公演情報のリリースと同時にプログラムを発表

そんな亀井が2023年に続き、2024年も全国各地でリサイタルツアーを行う。これまでは直前に曲目を決めることが多かったが、今回は公演情報のリリースと同時にプログラムを発表した。
「これだけ早いタイミングで曲を決めたのは初めてです。僕にとって、半年先の自分が取り組む曲を先に“縛る”のは勇気がいることだったので。でも今回はあらかじめ決めておいて、それに向けてしっかり取り組んでいこうと思いました」
だからこそ、選曲には慎重になった。
「これをレパートリーにしたほうがいいとか勉強しておくべきだという理由では、その作品に取り組む本質的なモチベーションが生まれません。一旦そういう考えは除いて、本当に好きだと感じる作品、今弾きたいものだけを選ぶことにしました。それらを一つひとつ解釈し、自分の器の中で作っていく、色をつけていくことをがんばってみたいと思ったのです」

亀井聖矢

選曲は今の自分の心にいちばん刺さる作品を

冒頭に選んだのは、J.S.バッハの『イタリア協奏曲BWV971』。
「バッハのさまざまな要素が詰まっていると同時に、僕自身もコンサートの幕開けに聴きたいと思う音楽なので選びました。ショパンがバッハを敬愛していたことは知られていますが、実際、機能的な声部の作り方、ハーモニーが音単位で移り変わっていく感じなど、いろいろな要素が受け継がれていることを実感します」
そのショパンからは、2種類のプログラムでバラード全4曲が網羅されるほか、『マズルカ Op.17』、『ノクターン Op.27』、『ポロネーズ 第5番』、『ポロネーズ 第6番』が演奏される。
「特にノクターンやマズルカは作品の数が多いので、全曲をいろいろな演奏で聴いて、今の自分の心にいちばん刺さる作品を選びました。例えば『マズルカ Op.17』という選曲は、華やかな曲を選びがちな僕からすると意外かもしれません。Op.17に収められている4曲には、なんともいえない寂しさ、装飾や絶妙な不協和などがあり、すべてが好きなんです。純粋にメロディ、ハーモニー、空間に浸れるこういった作品に向き合うことで、マズルカをより理解できるのではないかとも思っています」
ショパンの愛国心と詩情が託されたバラードを全て弾くことにした背景には、どんな想いがあるのだろう。
「最近、『バラード 3番』をすごくいい曲だと思うようになりました。これも僕が弾きそうな曲には思えないかもしれませんが、単旋律の水がぽたぽた落ちるような音色で最初に聴かせたあと、いろいろな要素が渦巻き、波が割れて、最後は豊かで広い響きがあらわれて盛り上がるという、作品全体を通しての大きなクレッシェンドに魅力を感じたのです。
『バラード 1番』はドラマティックな要素が散りばめられていて感情を入れやすいし、『バラード 4番』は冒頭こそ難しいけれど最後は内側から心がかき乱されるように感情が高まっていく大きなストーリーに惹かれます。正直、今のところいちばん遠いのは『バラード 2番』。激しいパートはいいのですが、和音がたゆたっていくような時間にどう感情を乗せていこうか模索しているところです」
併せて取り上げるのは、プロコフィエフの『ピアノソナタ 第7番』。これは超絶技巧作品を得意とする亀井にぴったりといえる。
「もともと自分にある良さが出るアグレッシブな曲も取り入れたいと思いました。プロコフィエフは好きですが、これまでなぜかソロ作品に取り組んだことがなかったのです。ようやく今の心と一致してきたのか、心躍るような激しさ、魅惑的な音づかいに惹かれています」

心が震える引き出しを広げていく

選曲について語りながら、“僕が弾きそうな曲ではないかもしれないけれど”というような言葉がたびたび出るところに、今彼が、自分が得意とするもの、期待されるものの枠を超えて音楽を広げようとしていることが伝わってくる。目指す方向も、少しずつ変化しているのだろうか。
「デビューから今までは超絶技巧作品で個性を出してきました。一方で、シンプルでクラシカルな作品に立ち返ると、本当に好きな曲でなければ自分を表現できないとあらためて感じます。だからといって好きなものばかり弾いていては、新しい領域の開拓はできないかもしれない。その意味では、自然と好きだと感じられるものが広がるよう、心が震える引き出しを広げていくことも大事だと思っています。そうして新しいものに挑戦しながら進んでいったとき、その先にどんな自分が待っているのだろうと、最近はよく考えています。
大切にしたいのは、常に心の内から湧き出る衝動を軸にしていくこと。そうすれば、いろいろなところを探り、渡り歩くなかでも、自分を見失わずにいられるだろうと信じています」

亀井聖矢

■亀井聖矢リサイタルツアー2024

2024年7月26日(金)〜9月1日(日)、全国14会場で開催。
予定曲目:
【プログラムA】
・バッハ:イタリア協奏曲 BWV 971
・ショパン:マズルカ Op.17、ポロネーズ 第5番 嬰ヘ短調 Op.44、ポロネーズ 第6番 変イ長調 Op.53「英雄」、バラード 第3番 変イ長調 Op.47、バラード 第4番 ヘ短調 Op.52
・プロコフィエフ:ピアノソナタ 第7番 変ロ長調 Op.83「戦争ソナタ」
【プログラムB】
・バッハ:イタリア協奏曲 BWV 971
・ショパン:ノクターン Op.27、ポロネーズ 第5番 嬰ヘ短調 Op.44、ポロネーズ 第6番 変イ長調 Op.53「英雄」、バラード 第1番 ト短調 Op.23、バラード 第2番 ヘ長調 Op.38
・プロコフィエフ:ピアノソナタ 第7番 変ロ長調 Op.83「戦争ソナタ」
公演の詳細はこちら
亀井聖矢オフィシャルサイトはこちら

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