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今月の音遊人: 上野耕平さん「アクセルを踏み続けることが“音で遊ぶ”へとつながる」
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セイント・ヴィンセントが切り開くギター・ミュージックの明日
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2024.5.16
tagged: 音楽ライターの眼, セイント・ヴィンセント, All Born Screaming
セイント・ヴィンセントのニュー・アルバム『All Born Screaming』が2024年4月にリリースされた。
2003年のデビュー以来、セイント・ヴィンセント(アニー・クラークのアーティスト・ネーム)は現代アメリカの音楽シーンにおいて特異なポジションを築いてきた。ポップでキャッチーでありながらアートでオルタナティヴな世界観を提示、ウォームなメロディとエレクトロニックなサウンドが混在する音楽性は幅広い世代の音楽ファンから支持を集め、そのアルバムは世界各国のヒット・チャートで上位にランクインしている。
彼女の通算7作目となるスタジオ・アルバムが『All Born Screaming』だ。
前作『Daddy’s Home』(2021)ではラウンジ色も取り入れ、ヒューマンな温かみを感じさせていたが、新作では同じ“人間らしさ”でもより肉体的な、ロックなアプローチが取られている。先行リーダー・トラックとして公開された『Broken Man』と『Flea』にフー・ファイターズのデイヴ・グロール、そして『Hell Is Near』『So Many Planets』にジョシュ・フリーズがドラマーとして参加していることで、本作のインダストリアル・ロック度アップに貢献している。
本作のミュージカル・ディレクター、そしてベーシストとして起用されたのがジャスティン・メルダル=ジョンセンだ。これまでベックやナイン・インチ・ネイルズ、POPPYなどをサポートしてきた彼を得たことも、多大な影響を及ぼしているだろう。
そしてセイント・ヴィンセントの作品で常に大きな役割を担っているのが、彼女自らプレイするギターだ。タック&パティのタック・アンドレスをおじに持つ彼女は12歳のときにギターを始め、バークリー音楽大学に進学。ローレン・パサレーリの元でギターと音楽理論を専門的に学んでいる。いわゆるギター・ヒーロー然としたテクニックをひけらかすことのない彼女だが、随所でエキセントリックかつトリッキーなフレーズを披露。初のフルレンス作『Marry Me』(2007)の1曲目『Now, Now』からしてイントロのハーモニクス、ノイジーなギター・ソロなど、ギタリストとしての才覚を感じさせるものだし、『Strange Mercy』(2011)収録の『Cruel』も彼女が非凡なポップ・ライターでありギタリストであることを証明、『Rattlesnake』(2014)やグラミー賞ロック・ソング部門を受賞した『Masseduction』(2017)も歪みまくらせたギターのフレーズがインパクトを伴っている(ほとんどキング・クリムゾン時代のエイドリアン・ブリューの“象”を思わせる)。
楽曲のクオリティを高めることを重視、ファンからすると「もっと弾いてくれ!」と言いたくもなる彼女のギターだが、カヴァー曲ではやはり弾き過ぎることこそないものの、オールドスクールなソロもこなしている。2020年にSNSで発表したジミ・ヘンドリックスの『リトル・ウィング』、2021年に複数アーティストによるトリビュート・アルバム『Metallica Blacklist』に提供したメタリカの『サッド・バット・トゥルー』などはオリジナルに敬意を表し、それでいて自分のカラーに染め上げているのが見事だ。
そんな彼女ゆえデヴィッド・バーン、テイラー・スウィフト、スワンズ、Yoshikiなど、ジャンルを超えた第一線級アーティストとのコラボレーションも実現。また、彼女のシグネチャー・モデルのギターはジャック・ホワイトやトム・モレロも愛用している。
ヒップホップやEDMの台頭により、ギター・ミュージックの占める比重は低くなったともいわれるが、彼女のようなアーティストがポップ・フィールドで成功を収めることで若い世代、特に女性の音楽ファンがギターを手にするようになったことは間違いないだろう。彼女がインタビューなどでジミ・ヘンドリックスやレッド・ツェッペリンなどに言及することで、ロック史に残る名曲が受け継がれるきっかけにもなっている。
彼女の最新作『All Born Screaming』もやはりギター・アルバムではないが、そのソングライティングとサウンド・プロダクションにおいて最も効果的な形でギターが用いられている。特に本作の“ロック路線”において、ギターは不可欠なものだ。
『Broken Man』と『Flea』はそれを代表するもので、ギター・リフが前面に出てくる。エフェクトをかけまくりで、もはやギターと判別しづらいサウンドが実に彼女“らしい”のだが、『Big Time Nothing』のファンキーなカッティングとエキセントリックなソロのフレーズ、『The Power’s Out』のドリーミーなリード・プレイのインパクト、『All Born Screaming』でのクリーンなトーンとサウンドスケープにも似たリードなど、イマジネーションに富んだギター・ワークが満載。卓越したソングライティングとサウンド・プロダクションで魅せてきた彼女がさらにギタリストとしてステップアップしたのが『All Born Screaming』だ。
これまで単独来日公演に加えてサマーソニックやフジ・ロック・フェスティバルなど、セイント・ヴィンセントは日本の大観衆を前にプレイしてきた。彼女のステージを観てギターを手に取り、明日のギター・ミュージックを作る若者がきっと現れるに違いない。
発売元:Virgin Music Group
発売日:2024年4月26日
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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