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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#030 “ため息”の魅力を際立たせたアレンジャーの作戦勝ち!?~ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』編
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2024.2.2
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, ヘレン・メリル, ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン
ハスキーな美声が“ニューヨークのため息”と呼ばれ、世界を席巻するジャズ・シンガーの座を手に入れたのは、1929年生まれで現在御年94歳のヘレン・メリル。
そのきっかけとなったのが、25歳のときに制作したデビュー・アルバムである本作でした。
内容は、当時のジャズの最先端スタイルであるハード・バップの最注目株だったトランペット奏者のクリフォード・ブラウンを全面にフィーチャーし、それまでの“歌もの作品”とは一線を画すもので、“名盤”に列せられるようになりました。
立役者ともいえるクリフォード・ブラウンは、本作の前に、“ブルースの女王”として人気を博していたダイナ・ワシントンとの『ダイナ・ワシントン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』を1954年8月に、女性ジャズ・ヴォーカルのトップ3に数えられていたサラ・ヴォーンとの『サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』を同年12月16日と18日にそれぞれレコーディングしており、レコード会社的には、シリーズ第3弾としてアフリカン・アメリカンな女性ジャズ・ヴォーカルの系譜とはちょっと異なるニューカマーを売り出してやろう、という腹積もりだったようなのです。
そのあたりを絡めて、本作が抜きん出て愛されている理由を考えてみましょう。
1954年12月22日と24日に、ニューヨークのスタジオで収録された作品です。
オリジナルはLP盤で、A面4曲、B面3曲の計7曲でリリースされ、CD化のときも同曲数同曲順になっています。
メンバーは、ヴォーカルがヘレン・メリル、トランペットがクリフォード・ブラウン、バリトン・サックス/バス・クラリネット/フルートがダニー・バンク、ピアノがジミー・ジョーンズ、ギターがバリー・ガルブレイス、ベースがミルト・ヒントン、ベース/チェロがオスカー・ペティフォード、ドラムスがボビー・ドナルドソンとオジー・ジョンソン(2名の記述がある楽器は収録日と収録曲が異なり、それぞれ1名で担当)。
収録曲はすべてカヴァー曲です。
“ため息”とは、「気苦労や失望などから、また、感動したときや緊張がとけたときに、思わず出る大きな吐息」(『デジタル大辞林』より)であり、その原因がネガティヴとポジティヴの両極端であるという不思議な生理反応です。
では、ヘレン・メリルの“ため息”は、ネガティヴな原因によるのかポジティヴな原因によるのかと考えると、実は前者だったのではないかと思うのです。
というのも、ジャズのルーツや発展に大きく関係・貢献してきたとされるのがアフリカン・アメリカンですが、その背景には非人道的な奴隷制とそれに由来する差別があり、そうした“憂鬱”を内包していることがジャズのアイデンティティにとって重要であるとされてきました。
それが、1950年代以降の公民権運動の盛り上がりのなかで特にクローズアップされていたことを考えると、ヘレン・メリルの“ため息”にはそのニュアンスがあると評価されていたのだと推論できそうだからです。
前述のダイナ・ワシントンやサラ・ヴォーンにももちろんそのニュアンスはあるものの、彼女たちは圧倒的なパワーとテクニックが先に立つことから、時代の潮流である“憂鬱”を表現するヴォーカリストとして新たなキャラクターが必要とされていたところにピタリと収まったのが、ヘレン・メリルだったのではないか──と。
ヘレン・メリルはニューヨーク生まれの白人女性ですが、両親はクロアチア移民であったため、アフリカン・アメリカンの置かれた境遇にも、共感できる環境にあったようです。
そうでなければ、14歳という年齢でジャズクラブのステージに立つようになり、エマーシー・レコードの目に留まってレコーディングの機会をゲットすることはできなかったはずなのですから……。
また、エマーシー・レコードが打ち出した“ウィズ・クリフォード・ブラウン3部作”のなかで本作が決定的に異なるのは、クインシー・ジョーンズにアレンジとバンドの指揮を託したところでしょう。
クインシー・ジョーンズは、いまでこそ売上世界一のアルバム(=マイケル・ジャクソンとの共同プロデュース作『スリラー』)の記録保持者として知られているものの、本作を制作した当時はバークリー音楽大学を卒業してライオネル・ハンプトン楽団に雇われ、アレンジャーとしてようやく認められ始めたという“駆け出し”のころ。
ヘレン・メリルとはたまたま近所に住んでいて知り合いだったことから起用されたようで、そこには、お互いに転がり込んだチャンスを最大限活かそうとする“野望”があったかもしれない、いや、あったはず、あったに違いないのです。
そんな、絵に描いたようなエンタテインメント業界の立身出世物語のひとコマがあったからこそ、すでに功成り名を遂げていたダイナ・ワシントンやサラ・ヴォーンを追い越すような“名盤”を世に送り出すことができた──というわけです。
それはつまり、ヘレン・メリルの低めの声の艶を際立たせるためにバリトン・サックスを起用した、クインシー・ジョーンズの作戦勝ちということなんだよなぁと、このアルバムをきっかけに“名曲”の仲間入りをすることになった『ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ』を聴くたびに思うのです……。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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