Web音遊人(みゅーじん)

ドクター・ジョン

ドクター・ジョンの1981〜1982年、ソロ・ピアノ期への時間遡行。新装拡大盤3タイトル発売

アメリカの“音楽の都”ニューオリンズを象徴するアーティストの1人として、ドクター・ジョンは世界中のファンから信奉されてきた。

1941年に生まれたマルコム・ジョン・レベナック・ジュニア(マック・レベナック)はセッション・ミュージシャンとして活動を開始するが、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)のエッセイ『The Last Of The Voodoos』(1885)に登場するヴードゥー呪術師にちなんでドクター・ジョンとして『グリ・グリ』(1968)でデビュー。『ガンボ』(1972)は彼にとってヒット作になるのと同時に、ニューオリンズのR&Bを世界に知らしめた名盤として歴史に残る。1973年には『ライト・プレイス、ロング・タイム』がヒットを記録、ザ・バンドの解散コンサートを収めた映画『ラスト・ワルツ』(1978)に『サッチ・ア・ナイト』演奏シーンが収録されたことも、幅広いリスナー層に知られるきっかけになった。

1989年のアルバム『イン・ア・センチメンタル・ムード』がグラミー賞“ベスト・ジャズ・ヴォーカル・パフォーマンス”部門を受賞、リッキー・リー・ジョーンズとのデュエット曲『メイキン・ウーピー!』もノミネートされたのを皮切りに、彼はグラミー賞の常連に。2019年に77歳で亡くなるまで、生涯で6回受賞・16回ノミネートを果たしている。

ソロ・アーティストとして活躍するのと並行してリンゴ・スターのオールスター・バンドの一員としてツアーに参加したり、『ロックド・ダウン』(2012)ではザ・ブラック・キーズのダン・オーバックとコラボレートするなど、彼は幅広い層の音楽ファンから支持されてきた。

1980年代初めのピアノ・ソロ期

そんなドクター・ジョンのキャリアにおいて最もその素顔を露わにしているのが1980年代初頭、“クリーン・カッツ・レコーズ”時代の活動である。

プロフェッサー・ロングヘア直伝の卓越したピアノの腕前とクセの強い歌声、ヴードゥー呪術師のキャラで人気を博した彼は1970年代後半も『シティ・ライツ』(1978)が高評価を得て、リッキー・リー・ジョーンズのソロ・デビュー作『浪漫 Rickie Lee Jones』(1979)でもプレイするなど、精力的に活動してきたが、1980年代という新しいディケイドを迎えて、次に進むべき方向性を模索していた。そんなときアプローチしてきたのがボルチモアを本拠地とする“クリーン・カッツ”のオーナー、ジャック・ヘアマンだった。彼はピアノ弾き語りのアルバムを制作することを打診している。

当初ドクター・ジョンはこの路線に懐疑的だった。自伝『フードゥー・ムーンの下で』には「悪夢」「ホリデイ・インだとかどこかのボウリング場だとかでピアノ・ソロをやるラウンジ・プレイヤーになってしまう」などネガティヴなことが書かれているが結局押し切られる形で1981年8月、ニューヨーク・マンハッタンのリハーサル・スペース“オルフェウス・ミュージック”に入り、『ドクター・ジョン・プレイズ・マック・レベナック』(1982)をレコーディングしている。自伝で「ただスタジオに入って、やっつけてしまえばいい」と記しているとおり、ピアノに向かってほぼワン・テイクで録られた本作では父母や師匠プロフェッサー・ロングヘアに捧げる曲、お気に入りの曲のカヴァーなどをリラックスしてプレイ。そんな楽しげな作風が本人も予想せぬ高評価を得て、1982年11月に再び“オルフェウス・ミュージック”に向かうことになった。

そうして作られた第2弾『ザ・ブライテスト・スマイル・イン・タウン』(1983)は前作同様オリジナルとスタンダード、インプロヴィゼーションを交えた内容だが、ややヴォーカル・ナンバーが増加。ドクター・ジョンのアーティスト像がより鮮明に描かれており、多くのファンの心を捉えた。

この2作は決して派手なものではなく、リスナーとの親密な距離感をかもし出す作品だったが、それが彼の新しい魅力を引き出すことになり、前述の『イン・ア・センチメンタル・ムード』での大復活に向けての布石となった。

パワーアップした最新拡大盤

2枚のアルバムはCDやDVDオーディオとしても聴き継がれ、2002年には『Dr. John Plays Mac Rebennack: The Legendary Sessions』というタイトルで復刻。『ドクター・ジョン・プレイズ・マック・レベナック』が『Vol.1』、『ザ・ブライテスト・スマイル・イン・タウン』が『Vol.2』としてボーナス曲を追加した拡大盤がリリースされた。CDの曲順を“アナログA面曲→ボーナス→アナログB面曲→ボーナス”と変則的なものにしたことは賛否を呼んだものの、それぞれ7曲・8曲を追加した仕様でファンを喜ばせた。

そして2023年、米“サンデイズド・ミュージック”からさらなる新装盤がリリースされ、ファンをどよめかせている。今回はそれぞれ11曲・9曲をボーナス追加と、さらにパワーアップ。しかも完全未発表音源集『フランキー&ジョニー』も登場、“クリーン・カッツ”時代のソロ・ピアノ作の全貌が明らかになってきた。ボーナス音源にはその場での即興性の高い演奏もあるが、全体のムードとスムーズに流れがあって楽しむことが出来る。

1981〜1982年、ニューヨークでの独演会への時間遡行。ドクター・ジョンのソロ・ピアノはタイムレスに鳴り響く。

ドクター・ジョン

■アルバムインフォメーション

『Dr. John Plays Mac Rebennack (2CD)』
『The Brightest Smile In Town (+9)』
『Frankie & Johnny』

発売元:BSMF RECORDS

詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人:諏訪内晶子さん

今月の音遊人

今月の音遊人:諏訪内晶子さん「音楽の素晴らしさは、人生が熟した時にそれを音で奏でられることです」

19942views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#031 目論見どおりにいかなかったからこそ生まれた現代音楽的名演~キース・ジャレット『ザ・ケルン・コンサート』編

1296views

マーチングドラム

楽器探訪 Anothertake

これからのマーチングドラム ~楽器の進化の可能性~

13059views

楽器のあれこれQ&A

エレキギター初心者を脱したい!ステップアップ練習法と2本目購入時のアドバイス

5507views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

11941views

調律師 曽我紀之

オトノ仕事人

演奏者が望むことを的確に捉え、ピアノを最高のコンディションに整える/コンサートチューナーの仕事

4511views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

7525views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5741views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

12252views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:人を楽しませたい!それが4人の共通の思い

6870views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8778views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10553views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17853views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

23936views

サマーソニック2017のパンクな楽しみ方 - Web音遊人

音楽ライターの眼

サマーソニック2017のパンクな楽しみ方

5796views

地代所悠/コントラバスヒーロー

オトノ仕事人

「コントラバスヒーロー」として音楽と三浦半島の魅力を伝える/音楽で活躍するご当地ヒーローの仕事

402views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

4693views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

すぐに音を出せて、自由に演奏できる。管楽器の楽しみを多くの人に

14536views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

22133views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8735views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

47622views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

7134views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26348views