今月の音遊人
今月の音遊人:ジェイク・シマブクロさん「音のかけらを組み合わせてどんな音楽を生み出せるのか、冒険して探っていくのは楽しい」
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コンクールでダブル受賞!自然に、素朴に。クラリネットと音楽を、心から楽しんで/久保田智巳インタビュー
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2024.12.24
「第39回日本管打楽器コンクール」クラリネット部門1位、「第93回日本音楽コンクール」クラリネット部門3位。2024年、ダブル受賞の快挙を果たした新進気鋭のクラリネット奏者、久保田智巳。国内外を行き来しながら、コンクールやオーディションに挑戦した1年間。その成果が実った記念すべきタイミングで、彼のルーツと、これからの展望を語ってもらった。
東京藝術大学卒業、英国王立音楽院修士課程を修了し、室内楽やオーケストラなどで国内外を問わず活躍。一時は頻繁に海をまたぐあまり、自分が今どこにいるのかわからないほどだった。そうはにかむ久保田は、ダブル受賞について「びっくりしているけれど、素直にうれしいです」と率直な本音を語ってくれた。
ふたつのコンクールの課題曲を眺めると、クラリネット奏者にとって重要なレパートリーがずらりと並んでいる。今回、初挑戦だったフランセ『主題と変奏』もそのひとつだ。
「A管を使うこともあって、表現のコントロールが難しく、ずっと避けてきた作品です。日本管打楽器コンクール予選の前日に最終楽章を一生懸命練習したのですが、本番では時間切れで吹けませんでした」
他に印象的だった作品として、ベルク『4つの作品』を挙げた。オーケストラをはじめアンサンブルが大好きだという久保田は、ピアニストと入念な打ち合わせをしたうえで臨んだ。
「『4つの作品』は、ピアノとクラリネット、どちらのパート譜にも相手の譜面が書いてあります。お互いがどう噛み合うのかがわかるよう、譜面が整えられているのです。室内楽としてひとつの音楽を一緒に作っていくので、どんなアプローチをするのか、時間をかけて話し合いました」
そして、日本音楽コンクール本選のモーツァルト『クラリネット協奏曲』では、東京フィルハーモニー交響楽団との共演を果たした。
「初合わせはウォームアップからものすごく緊張していましたが、いざコンチェルトを吹き始めたら、背後からオーケストラのみなさんがついてきてくれる気配を感じて、もう楽しくて楽しくて。“いつもCDで聴いていたあの曲を自分が吹いている”と感動しました。本番も演奏が始まってしばらくは緊張していましたが、吹いていくうちに“モーツァルトのコンチェルト、いい曲だな”“オーケストラと一緒に音楽ができてうれしいな”という気持ちが勝っていきました」
久保田のバイオグラフィをたどると、さまざまなイギリス人クラリネット奏者が浮かぶ。たとえば、伝説的な奏者であるマイケル・コリンズ。彼との初めてのレッスンは久保田が大学2年生のとき、浜松国際管楽器アカデミーでのことだ。
「昔からコリンズ先生の演奏が好きで、CDもたくさん持っていたので、とにかく習ってみたかった。大学時代、自分の演奏に自信が持てないことがありましたが、コリンズ先生は音楽的にも人間的にも常にポジティブな方向から指導してくれました」
その後、大学卒業を控え、イギリス留学の準備を進める中で出会ったのが、ロンドン交響楽団の首席奏者であるクリス・リチャーズだ。
「とにかく力まず、常に自然体で吹く奏法を意識している方です。初めてのレッスンでは、モーツァルトの協奏曲の冒頭1・2段くらいをじっくり見ていただきました。力んでしまう癖がありましたが、クリス先生は最初から僕の身体にフォーカスして、いろいろな方法でアプローチしてくれました」
クリスは久保田の身体のわずかな力みを見逃さなかったのだ。
「一時帰国中、以前の僕の音を知っている人から“音が変わったね”と言ってもらえたことがあり、自分が成長できていることを実感しました」
クラリネットとの出会いは、中学校の吹奏楽部。体験入部で吹いてみたら、先輩たちに褒められたので始めたそうだが、このときからヤマハのクラリネット一筋だ。現在、愛用するのは「YCL-SE ArtistModel」。
「高校3年生の頃にB管を、大学1年生の頃にA管を購入しました。以来7、8年はずっと同じ楽器を使っています。素朴な音色で、A管もB管のような感覚で演奏できるし、とても扱いやすいです。楽器はプレーヤーがやりたい音楽を体現してくれるものですが、『YCL-SE ArtistModel』はより自分の身体の一部になってくれるような感覚があります」
イギリスでも、ヤマハの楽器を愛用する奏者は多いそうだ。フレンチほどクリアではなく、かといってジャーマンほどマットで温かな音ではない、絶妙なバランス。世界的奏者であるベン・メルフォントとの出会いも楽器がつないだ縁だ。
「同じメーカーの楽器を使っているオケマンの方は初めてだったので、いろいろなことを教えてもらいました。“このモデルのこの癖ってどう調整してる?”とか、“ここの音程が高くなりやすいけれど、どうしてる?”とか。細かい調整が気になってしまうのは、クラリネット奏者あるあるですね」
今後は日本に活動のベースを移す久保田だが、イギリス留学中に組んだトリオ「Hygge Trio」にも注目したい。王立音楽院の同級生たちと組んでおり、欧州のフェスティバルにも多数出演し、その演奏がルーマニアの国営ラジオの電波に乗ったことも。日本公演が待ち遠しいところだ。
「大学4年生の学内(前期公開)試験でトリオを組もうとしたのですが、コロナ禍の影響で人数制限がかかってしまい、残念ながら実現しませんでした。だから、留学してすぐチェロの友達をつかまえて、彼が上手なピアノの友達を連れてきてくれて……結成してから、もう3、4年になります」
いろいろな人とアイデアを出し合って、音楽を作っていく。ソロよりも、誰かと共演するほうが好きだという久保田。もちろん、最大編成の室内楽=オーケストラでの演奏にも期待が高まる。
「人生で初めて吹いた交響曲は、ブラームス『交響曲第2番』。このときの体験がきっかけで、オーケストラが大好きになりました。管楽器の人は“弦楽器からフレージングを学びなさい”とよく言われますが、実際オーケストラの中で吹いているとたくさんの学びがあって、自分の演奏も自然と変わっていきます」
これから取り組みたい作品についても意欲的に語ってくれた。ブラームス『クラリネット五重奏曲』、フィンジ『クラリネット協奏曲』。そして、ユニークな編成の楽曲も。
「ヴォーン・ウィリアムズの作品に、ピアノとバイオリン、チェロ、ホルン、そしてクラリネットという、ちょっと変わった編成の『ピアノ五重奏曲』があります。どんな楽曲と取り合わせるのがいいか、プログラムを考えていきたいですね」
最後に、あらためてクラリネットの魅力を聞くと、「やっぱり音です」と答えた。フルートほど器用ではない、わずかな雑音がのってしまうけれど、そこに味わいがある。そんなクラリネットさながらに、純朴な人柄と音楽が眩しい久保田。フレッシュな才能の活躍に、これからも目が離せない。
文/ 加藤綾子
photo/ 松永光希
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