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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#010 ジャズとクラシックの垣根を溶かした不動のメンバーとコンセプト~モダン・ジャズ・クァルテット『ジャンゴ』編
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2023.4.5
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?
映画にもなった人気コミック『BLUE GIANT』で、ジャズはロックと違ってバンド・メンバーを固定せずにそのときどきで適した相手と組むということを、主人公の宮本大に意識させるシーンがありました。この言葉によって、彼はJASS(=彼が東京で結成したバンド)を“卒業”して新たなメンバーを探すために旅立つわけです。
これはおそらく、モダン・ジャズの出発点となったビバップがセッションによって生まれ、磨かれていったことと無関係ではないと思われます。
ビバップ以降の小編成のジャズは、“バンド”という共同体意識の熟成によって音楽を生み出そうとするのではなく、新しい出逢いのなかからそれまでになかったものを探し出す“偶発性”というものを優先させました。
その背景には、19世紀から20世紀初頭にかけて大きく発展、爛熟していったクラシック音楽への反発があり、さらに、形式(=譜面)に縛られない演奏をアフリカン・アメリカンへの差別や抑圧を解消する運動に連動させるバイアスが働いたことが考えられます。
形式(=譜面)に縛られたくないという意識は、バンドのメンバーにも縛られたくないという意識へと広がっていきます。
ところが、こうした最もジャズらしいとも言える意識に真っ向から逆らい、しかも“モダン・ジャズ”という象徴的なキーワードを自分たちのバンド名に冠したバンドが存在しました。
それが、モダン・ジャズ・クァルテット。
そんな、唯一無二と言っても過言ではないバンドの代表作が、この『ジャンゴ』です。
1940年代後半に、ビバップを創始したひとりであるディジー・ガレスピー(トランペット)のビッグバンド団員だったミルト・ジャクソン(ヴィブラフォン)、ジョン・ルイス(ピアノ)、ケニー・クラーク(ドラムス)の3人は、1951年にパーシー・ヒース(ベース)を加えてクァルテットを結成します。
当初は、それまでのジャズ・シーンの通例どおり、リーダー格の名前を冠した“ミルト・ジャクソン・クァルテット”と名乗っていましたが、翌年、同じ頭文字(M. J.)である“モダン・ジャズ”に変更。“モダン・ジャズ・クァルテット”の誕生です。
以来、1999年にミルト・ジャクソンが亡くなるまで、ほぼ同じメンバーで活動し続けた※という、ジャズ界でもかなり珍しい“バンド”だったのです。
※1974年にミルト・ジャクソンが脱退したことでモダン・ジャズ・クァルテットは事実上解散というかたちになるも、1981年には彼の復帰によって活動を再開している。またドラムスは、1955年にコニー・ケイへ交代。1990年代にはミッキー・ローカーがその代役を務めることも多くなり、1994年にコニー・ケイが亡くなると、アルバート・ヒースが加入──という変遷はあった。
1955年発表の3作目(モダン・ジャズ・クァルテットを名乗るようになってからの実質的な1作目)となる本作は、文字どおりリーダー・セッションからバンド・サウンドへと路線を変更したことを宣言する、彼らが考える“モダン・ジャズ”を詰め込んだアルバムになっています。
モダン・ジャズ・クァルテットが考える“モダン・ジャズ”とは、ある意味でジャズがポピュラー音楽の雄として発展してきた20世紀前半の歩みを逆説的にとらえることだったのではないか──とボクは思っています。
簡単に言えば、ジャズっぽくないとしてジャズ側が否定してきた音楽をのみ込んで、ジャズにしてしまおうというもの。
それは、ホットな(=感情的な)ニュアンスとは対照的と言えるクールな演奏スタイルであり、綿密なアレンジがなされた室内楽的な仕上がりのものでした。
こうして「ジャンゴ」は、ジャズの新しい道を切り拓いていくモダン・ジャズ・クァルテットの出発点としてモダン・ジャズの規範を示すことになり、その先駆的な功績を持って“名盤”と呼ばれるようになったのです。
クラシック楽曲のジャズ・アレンジはもちろん、ジャズとクラシックのプレイヤーが共演することもアタリマエになった現在では想像しにくいことかもしれませんが、モダン・ジャズ・クァルテットの室内楽的なジャズは、当時のメイン・ストリーム(=主流)からは“邪道”とされていました。
しかし、彼らは商業的には成功を収め、長寿バンドとして名を残すことになります。
つまり、“当時のメイン・ストリーム”はすでにメインとしての体裁を保てなくなっていて、20世紀後半に向けてジャズが多様性の音楽として分派していく先鞭を、モダン・ジャズ・クァルテットがつけたということにほかなりません。
しかもそれは、ジャズが保守化することで伝統芸能になってしまうのを防ぐカンフル剤として機能したわけです。
ジャズになりすぎず、クラシックにもなりすぎない──モダン・ジャズ・クァルテットの絶妙なバランスのうえに成り立ったサウンドは、ダイバーシティと呼ぶにふさわしいコンセプトの先取りによって生まれ、現在もその輝きを失っていないがゆえの“名盤”なのです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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