Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#010 ジャズとクラシックの垣根を溶かした不動のメンバーとコンセプト~モダン・ジャズ・クァルテット『ジャンゴ』編

映画にもなった人気コミック『BLUE GIANT』で、ジャズはロックと違ってバンド・メンバーを固定せずにそのときどきで適した相手と組むということを、主人公の宮本大に意識させるシーンがありました。この言葉によって、彼はJASS(=彼が東京で結成したバンド)を“卒業”して新たなメンバーを探すために旅立つわけです。

これはおそらく、モダン・ジャズの出発点となったビバップがセッションによって生まれ、磨かれていったことと無関係ではないと思われます。

ビバップ以降の小編成のジャズは、“バンド”という共同体意識の熟成によって音楽を生み出そうとするのではなく、新しい出逢いのなかからそれまでになかったものを探し出す“偶発性”というものを優先させました。

その背景には、19世紀から20世紀初頭にかけて大きく発展、爛熟していったクラシック音楽への反発があり、さらに、形式(=譜面)に縛られない演奏をアフリカン・アメリカンへの差別や抑圧を解消する運動に連動させるバイアスが働いたことが考えられます。

形式(=譜面)に縛られたくないという意識は、バンドのメンバーにも縛られたくないという意識へと広がっていきます。

ところが、こうした最もジャズらしいとも言える意識に真っ向から逆らい、しかも“モダン・ジャズ”という象徴的なキーワードを自分たちのバンド名に冠したバンドが存在しました。

それが、モダン・ジャズ・クァルテット。

そんな、唯一無二と言っても過言ではないバンドの代表作が、この『ジャンゴ』です。


参考動画:Django

アルバム概要

1940年代後半に、ビバップを創始したひとりであるディジー・ガレスピー(トランペット)のビッグバンド団員だったミルト・ジャクソン(ヴィブラフォン)、ジョン・ルイス(ピアノ)、ケニー・クラーク(ドラムス)の3人は、1951年にパーシー・ヒース(ベース)を加えてクァルテットを結成します。

当初は、それまでのジャズ・シーンの通例どおり、リーダー格の名前を冠した“ミルト・ジャクソン・クァルテット”と名乗っていましたが、翌年、同じ頭文字(M. J.)である“モダン・ジャズ”に変更。“モダン・ジャズ・クァルテット”の誕生です。

以来、1999年にミルト・ジャクソンが亡くなるまで、ほぼ同じメンバーで活動し続けたという、ジャズ界でもかなり珍しい“バンド”だったのです。

※1974年にミルト・ジャクソンが脱退したことでモダン・ジャズ・クァルテットは事実上解散というかたちになるも、1981年には彼の復帰によって活動を再開している。またドラムスは、1955年にコニー・ケイへ交代。1990年代にはミッキー・ローカーがその代役を務めることも多くなり、1994年にコニー・ケイが亡くなると、アルバート・ヒースが加入──という変遷はあった。

1955年発表の3作目(モダン・ジャズ・クァルテットを名乗るようになってからの実質的な1作目)となる本作は、文字どおりリーダー・セッションからバンド・サウンドへと路線を変更したことを宣言する、彼らが考える“モダン・ジャズ”を詰め込んだアルバムになっています。

“名盤”の理由

モダン・ジャズ・クァルテットが考える“モダン・ジャズ”とは、ある意味でジャズがポピュラー音楽の雄として発展してきた20世紀前半の歩みを逆説的にとらえることだったのではないか──とボクは思っています。

簡単に言えば、ジャズっぽくないとしてジャズ側が否定してきた音楽をのみ込んで、ジャズにしてしまおうというもの。

それは、ホットな(=感情的な)ニュアンスとは対照的と言えるクールな演奏スタイルであり、綿密なアレンジがなされた室内楽的な仕上がりのものでした。

こうして「ジャンゴ」は、ジャズの新しい道を切り拓いていくモダン・ジャズ・クァルテットの出発点としてモダン・ジャズの規範を示すことになり、その先駆的な功績を持って“名盤”と呼ばれるようになったのです。

いま聴くべきポイント

クラシック楽曲のジャズ・アレンジはもちろん、ジャズとクラシックのプレイヤーが共演することもアタリマエになった現在では想像しにくいことかもしれませんが、モダン・ジャズ・クァルテットの室内楽的なジャズは、当時のメイン・ストリーム(=主流)からは“邪道”とされていました。

しかし、彼らは商業的には成功を収め、長寿バンドとして名を残すことになります。

つまり、“当時のメイン・ストリーム”はすでにメインとしての体裁を保てなくなっていて、20世紀後半に向けてジャズが多様性の音楽として分派していく先鞭を、モダン・ジャズ・クァルテットがつけたということにほかなりません。

しかもそれは、ジャズが保守化することで伝統芸能になってしまうのを防ぐカンフル剤として機能したわけです。

ジャズになりすぎず、クラシックにもなりすぎない──モダン・ジャズ・クァルテットの絶妙なバランスのうえに成り立ったサウンドは、ダイバーシティと呼ぶにふさわしいコンセプトの先取りによって生まれ、現在もその輝きを失っていないがゆえの“名盤”なのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:石丸幹二さん「ジェシー・ノーマンのような表現者になりたい!という思いで歌の世界へ」

13123views

音楽ライターの眼

戦争の苦境、郷愁誘う希望の光/小菅優&佐藤俊介デュオ・リサイタル「第一次世界大戦とクラシック音楽~作曲家に想いを馳せて~」

2334views

ギター文化館

楽器探訪 Anothertake

歴史的ギターの音を生で聴けるコンサートも開催!

7978views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

62189views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

20630views

オトノ仕事人

子ども向けコンサートを企画し、音楽が好きな子どもを増やす/コンサートプロデューサーの仕事

9373views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

25482views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

15771views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14917views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

7852views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

9124views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11115views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

11728views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

12819views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#047 コテコテのメロディに芸術性を与えた“下支え”の賜物~アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『モーニン』編

1600views

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

オトノ仕事人

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

16765views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

2979views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

限りなく高い精度で鍵盤とハンマーの動きを計測するヤマハ独自の自動演奏ピアノの技術

26988views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

24667views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

9037views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

4891views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9740views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

27243views