Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#028 “陰のリーダー”の“恩返し”から生まれた“置き土産”!?~キャノンボール・アダレイ&マイルス・デイヴィス『サムシン・エルス』編

#013で俎上に載せた『ジャズ・アット・マッセイ・ホール』は、現在ではチャーリー・パーカーの名義となっていますが、リリース当時、アルバム・ジャケットにその名前はありませんでした。

タネを明かせば、レコード会社との契約上、チャーリー・パーカーが偽名を使わざるをえなかったというオチだったのですが、本作も実は、同じような事情で制作されながら、20世紀のジャズを代表すると言われるまでの“名盤”になった1枚なのです。

というのも、ジャケットを見ればキャノンボール・アダレイがリーダーのアルバムだとわかるのに、内容はまったく違う──と、当時から“陰のリーダー”の存在がささやかれていましたから……。

そのあたりにはどんな事情が隠されているのかに焦点を当てて、“名盤”の理由を再考してみましょう。


Autumn Leaves

アルバム概要

1958年3月、米ニュージャージー州のヴァン・ゲルダー・スタジオで収録された作品です。

オリジナルはLP盤で、A面2曲、B面3曲の計5曲という構成。

CD化では同曲数同曲順のものと、本作のレコーディング・エンジニア(=スタジオで音響機器の調整や録音を行なう技術者)のルディ・ヴァン・ゲルダーが編集した、追加トラック1曲(ハンク・ジョーンズ作曲の『バングーン』)を収録したヴァージョンがあります。

メンバーは、アルト・サックスがキャノンボール・アダレイ、トランペットがマイルス・デイヴィス、ピアノがハンク・ジョーンズ、ベースがサム・ジョーンズ、ドラムスがアート・ブレイキーのクインテット。

収録曲は、マイルス・デイヴィスのオリジナル曲1曲、ナット・アダレイとサム・ジョーンズの共作オリジナル曲1曲に、ジャズ・スタンダードとして知られるカヴァー曲が2曲。そしてアルバムの冒頭を飾るのが、シャンソンの名曲として知られていた『枯葉』で、この曲の存在感の大きさを抜きにして本作は語れない──という構成になっています。

“名盤”の理由

本作は1曲目の『枯葉』があったからこそ“名盤”になったとする内容の記事を、活字でもネットでも多く見かけます。

ボクも異論はありませんが、「でも、それだけじゃないでしょ?」という思いを抱きながら、改めて今回、筆を執っているというわけです。

いま聴くべきポイント

本作が制作された1958年は、(名義的には参加メンバーだけれども事実上はリーダー、つまり“陰のリーダー”である)マイルス・デイヴィスにとって、大きく飛躍するために欠くことになった義理を果たす、総仕上げの年だったようです。

1955年に大手レーベルのコロムビア・レコードと契約したマイルス・デイヴィスでしたが、その時点ではまだプレスティッジ・レコードとの契約が残っており、アルバム4枚を制作しなければなりませんでした。

そこで彼は、一気に4枚分の録音を敢行します(実際には1956年の5月と10月の2回に分けて行なわれました)が、その出来はどうだったかと言えば、#009#016で取り上げたとおり。

一方、本作のリリース元であるブルーノート・レコードは、薬物依存状態だった1950年代前半のマイルス・デイヴィスに手を差し伸べ、年に1作のペースでレコーディングの機会を与え、回復のためのサポートをしていました。

マイルス・デイヴィスは、その恩義に報いたかったものの、コロムビア・レコードとの契約上、前面に出るわけにも行かないというオトナの事情により、“陰のリーダー”として本作の録音を企画し、その結果として“名盤”を残すことになった──というのがボクの見解です。

プレスティッジ・レコードのときのマラソン・セッション4部作もそうですが、“立つ鳥跡を濁さず”どころか、何倍にも資産が膨らむストック・オプションを土産に置いていったようなものだったんじゃないだろうか、と思うわけです。

当時、最強との呼び声も高かった自身のレギュラー・クインテットとは異なるメンバーで臨み、フロントのキャノンボール・アダレイとのコンビネーションではハード・バップ的なアンサンブルを一切用いることなく、来たる1960年代にマイルス・バンドの代名詞となるフリー・ブローイング的なアプローチを使って、ポピュラーなナンバーを生まれ変わらせてしまった──。

オトナの事情を逆手にとった先進的な試みへの挑戦が根底にあったからこそ、この“置き土産”はレコード会社の財産となり、20世紀の音楽文化の象徴となりえたのだ、と思います。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

上野耕平さん

今月の音遊人

今月の音遊人: 上野耕平さん「アクセルを踏み続けることが“音で遊ぶ”へとつながる」

12460views

音楽ライターの眼

国際的に活躍を続ける三浦文彰、ピアノ界の新星との共演/三浦文彰 モーツァルト:バイオリン・ソナタプロジェクト Vol.1

12545views

マーチング

楽器探訪 Anothertake

見て、聴いて、楽しいマーチング

15571views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

55439views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7604views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

楽器のデモンストレーション、解説、管理までをこなすマルチプレイヤー/楽器博物館の学芸員の仕事(前編)

11475views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

8857views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

9169views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

12816views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

9416views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4623views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9904views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15319views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13775views

穐吉敏子 Solo Live

音楽ライターの眼

93歳の世界的ジャズピアニストが日本のファンを大いに魅了!/穐吉敏子 Solo Live

2237views

オペラ劇場の音楽スタッフの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

稽古から本番まで指揮者や歌手をフォローし、オペラの音楽を作り上げる/オペラ劇場の音楽スタッフの仕事(前編)

30838views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

4986views

STAGEA(ステージア)ELB-02 - Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

スタイリッシュなボディにエレクトーンならではの魅力を凝縮!STAGEA(ステージア)「ELB-02」

14147views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

22382views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5164views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

55439views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5352views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9904views