Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#056 “ジャズらしさ”を問い直して多様性の扉を開いたクールな立役者~ジェリー・マリガン『ナイト・ライツ』編

『クールの誕生』(#052参照)セッションの中心人物であったということから、ジェリー・マリガンの存在はジャズになじみ始めたころから気になっていました。

しかし、柔らかなトーンにアンサンブルを重視したサウンドだったためか、ボクがジャズに求めていたテイストとは違うような気がしていたというのも正直なところ。

変化の兆しが見えてきたのは、クラシック音楽への興味が高まってきたこの数年のことです。

おそらく、ようやくオーケストレーションのなんたるかがおぼろげながら理解できるようになってきて(遅い!)、ジャズを含めた音楽を俯瞰する楽しみに目覚めたからではないかと思うのです。

“俯瞰する”というのは、ある意味で“醒めた目で見る”ということでもあるわけですが、もしかするとそれがジャズを“クールにとらえ直す”ということではないか──と気づいたところで、本作を聴き直してみたいと思います。


ナイト・ライツ+1/ジェリー・マリガン

アルバム概要

1963年に米ニューヨーク市内のスタジオで収録された作品です。

メンバーは、バリトン・サックス/ピアノがジェリー・マリガン、トランペット/フリューゲルホーンがアート・ファーマー、ヴァルヴ・トロンボーンがボブ・ブルックマイヤー、ギターがジム・ホール、ベースがビル・クロウ、ドラムスがデイヴ・ベイリー。

オリジナルはLP盤(モノラルとステレオのヴァージョンあり)で、A面3曲B面3曲の合計6曲を収録。CD化では、同曲数同曲順に別ヴァージョンの『ナイト・ライツ』(1965年録音、ストリングス・オーケストラが参加)を加えた7曲収録となっています。

収録曲は、ジェリー・マリガンのオリジナルが3曲、映画『黒いオルフェ』の主題歌としてルイス・ボンファが作曲した『カーニヴァルの朝』、フランク・シナトラの歌でリリースされ多くのカヴァー・ヴァージョンを生んだ『ウィー・スモール・アワーズ』、フレデリック・ショパンの『24の前奏曲(プレリュード)第4番ホ短調 Op.28-4』をモチーフにジャズ・アレンジした『プレリュード:ホ短調』というラインアップで構成されています。

“名盤”の理由

1948年、マイルス・デイヴィス九重奏団のメンバーとなったジェリー・マリガンは、『クールの誕生』のレコーディングに参加し、ジャズ・シーンから大きく注目される存在となります。

1950年代初頭になると、チェット・ベイカーとコラボレーションしたピアノなしのクァルテットでヒットを記録。しかし、その最中に、麻薬禍のために活動は中断します。

50年代半ばからはサイドマンとしての活動を軸に展開していましたが、60年代に入ると“コンサート・ジャズ・バンド”という小編成のコンセプトに着手。

本作は、コンサート・ジャズ・バンドの活動の一環として組まれた、60年代という“ジャズ変革の時代”に対応したマリガン流のクール・ジャズの“ポピュラーな”、つまり聴きやすいヴァージョンアップ版として、多くのジャズ・ファンに受け入れられた作品となりました。

いま聴くべきポイント

その生涯を通してビバップ~ハード・バップに対するカウンター・タイプのサウンドを追求する音楽家として活動した感がある──というのが、ボクのジェリー・マリガンに対する変わらない印象です。

感情をまき散らすことで音楽的アイデンティティーを確立していったようなところのあるジャズにとって対極にあるような“冷静さ”、すなわちそれを表現するための“理論と音色”をジェリー・マリガンが加えたからこそ、総合的な音響芸術を生み出すことができたともいえるのではないでしょうか。

アフリカン・アメリカンたちのアイデンティティーとしてのジャズが膨張していく1960年代にあって、白人のジャズ・プレイヤー(ジェリー・マリガンの父親はアイルランド系、母親はアイルランド系とドイツ系のハーフ)としてのアイデンティティーがわかりやすく示された本作は、ジャズの多様性を感じるまたとないお手本になると思うのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:マキタスポーツさん「オトネタ作りも、音楽に関わるようになったのも、佐野元春さんに出会ったことから始まっています」

8808views

音楽ライターの眼

自分好みの“AIコルトレーン”はジャズの発展に寄与するのか?

2730views

reface シリーズ

楽器探訪 Anothertake

ひざの上に乗せてその場で音が出せる!新感覚のシンセサイザー「reface」シリーズ

14499views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

49103views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

18262views

重田克美

オトノ仕事人

スポーツやイベントの会場で、選手やお客様のためにいい音環境を作る/音響エンジニアの仕事

10277views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

14315views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11438views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

23667views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

10083views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5917views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32270views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

18262views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

15724views

音楽ライターの眼

チェンバリスト曽根麻矢子、バッハのシリーズを進行中。次回は「イギリス組曲」の登場

2890views

梶望さん

オトノ仕事人

アーティストの宣伝や販売促進など戦略を企画して指揮する/プロモーターの仕事

12244views

IMOZ

われら音遊人

われら音遊人:そろイモそろってイモっぽい?初心者だって磨けば光る!

1246views

Pacifica

楽器探訪 Anothertake

「自分の音」に向かって没入できる演奏性と表現力/エレキギター「Pacifica」

2077views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

18966views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6509views

楽器のあれこれQ&A

目指せ上達!アコースティックギター初心者の練習方法とお悩み解決

102840views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3567views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26802views