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【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase20)ストラヴィンスキーは交響曲作家、型から入って型破り、ボブ・ディランにも

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase20)ストラヴィンスキーは交響曲作家、型から入って型破り、ボブ・ディランにも

イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971年)といえば「春の祭典」。変拍子と不協和音による奇抜なバレエ音楽は20世紀を代表する楽曲と評される。ディアギレフのロシア・バレエ団と関係が深く、「火の鳥」「ペトルーシュカ」も含め三大バレエ音楽が代表作。舞台芸術の作曲家との印象が強いが、最初期の「交響曲変ホ長調Op.1」から「管楽器のための交響曲」「詩篇交響曲」「交響曲ハ調」「3楽章の交響曲」まで「交響曲」も5作品書いた。古典形式の交響曲の型から入り、型を破る。「古典」への愛着はボブ・ディランにもみられる。

「春の祭典」のイメージから遠い作品1

ストラヴィンスキーは1942年の著書「音楽の詩学」(笠羽映子訳、2012年、未来社)の中で、1913年初演の「春の祭典」をめぐり、自らの意に反して「革命家」にさせられたと述べている。原始時代を思わせる不協和音とポリリズムのバレエ音楽は当時、センセーショナルで破壊的であるがゆえに「革命」と捉えられた。しかし作曲家自身は「革命家」の称号に価値を見出さなかった。職人気質の作曲家は破壊者ではなく創造者と言われたかった。原点はどこにあるか。そこで最初期に遡ると、20世紀の音楽革命家のイメージから遠い「交響曲」があった。

ユロフスキ・コンダクツ・ストラヴィンスキーVol.1

「交響曲変ホ長調Op.1」「火の鳥」「春の祭典」などを収めたヴラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の「ユロフスキ・コンダクツ・ストラヴィンスキーVol.1」(CD2枚組、2018、08年録音、キングインターナショナル)

記念すべき作品番号1は1907年、20代半ばまでに作曲した「交響曲変ホ長調」。ストラヴィンスキーは1910年の歌曲「ヴェルレーヌの2つの詩Op.9」まで作品番号(Op.)を付けた。以降、同年完成の「火の鳥」をはじめバレエやオペラなど舞台向け作品が多くなってからは作品番号がない。「交響曲変ホ長調」は、「春の祭典」の作曲家によるものとは思えない雰囲気を持つ。屈託がなく、明るく素直で抒情的な交響曲だ。

典型的な4楽章構成で、交響曲の古典形式に準じている。型通りで凡庸との批判も出そうだが、分かりやすくて聴きやすく、嫌う理由は見つからない。ストラヴィンスキーはサンクトペテルブルク大学法学部の学生時代からリムスキー=コルサコフに師事し、作曲の個人授業を受けていた。1935~36年刊行の「私の人生の年代記 ストラヴィンスキー自伝」(笠羽映子訳、2013年、未来社)によると、管弦楽法を含めすべてリムスキー=コルサコフの管理下で「交響曲変ホ長調」を作曲したという。チャイコフスキーやグラズノフの影響が濃厚だが、のちの新古典主義者ストラヴィンスキーを予感させる独自の語り口も聴ける。

古代ギリシャのシュンポーニア

ストラヴィンスキーの自伝には、9歳の頃、歌手の父が出演したグリンカのオペラ「ルスランとリュドミラ」を見て感激した夜、劇場で最晩年のチャイコフスキーの姿を目にした場面が出てくる。数日後にチャイコフスキーはコレラに罹り急死。イーゴリ少年は間もなく開かれた追悼演奏会でチャイコフスキーの「交響曲第6番ロ短調『悲愴』」を聴いた。

幼少期に感銘を受けたのが、民族主義のロシア五人組ではなく、ハイドンやモーツァルトら西欧古典派の様式を受け継いだグリンカとチャイコフスキーのロマン派音楽だったのは興味深い。それでいて五人組のリムスキー=コルサコフから最新鋭の管弦楽法を吸収したのがユニークなところだ。ストラヴィンスキーの作風は「春の祭典」に代表される初期の原始主義、バレエ音楽「プルチネルラ」(1920年)から始まる中期の新古典主義、「カンタータ」(1952年)以降の後期のセリー(音列)主義に区分されるが、元来が新古典主義者だったと思われる。

ストラヴィンスキー:ピアノと管弦楽のための作品集

「管楽器のための交響曲」「ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ」などを収めたエサ=ペッカ・サロネン指揮ロンドン・シンフォニエッタ「ストラヴィンスキー:ピアノと管弦楽のための作品集」(2020年、ソニー)

とはいえ、「交響曲」と名の付く5作品すべてが古典形式に準じた典型的な交響曲であるわけではない。1920年作曲の「管楽器のための交響曲」はフランス語の正式名が「Symphonies d’instruments à vents, in Memoriam C. A. Debussy(ドビュッシー追悼のための管楽器のサンフォニー)」。「サンフォニー(交響曲)」は複数形。管楽器のみの編成による演奏時間10分足らずの単一楽章。自伝によると、それは管楽器の間で詩篇詠唱風に短い連祷を奏でる厳粛な「儀式」である。

「サンフォニー」はむしろバロック期のシンフォニア(器楽合奏曲)、もしくは古代ギリシャのシュンポーニア(調和、共に響き合う音)の意味と考えられ、ハイドン以降の交響曲の範疇には入らない。ファンファーレとコラールを繰り返し、正教会の儀礼を思わせる古風な響きは、この作曲家の新古典主義時代の幕開けにふさわしい。

合唱に啓示の光が差し込む「詩篇交響曲」

1930年完成の「詩篇交響曲」も古典形式の交響曲ではない。演奏時間約20分の全3楽章、混声合唱付き管弦楽曲で、それぞれ旧約聖書の詩篇第39、40、150篇をラテン語で歌う。特筆すべきは中高音弦のバイオリンとビオラを省き、ピアノや高音域のピッコロ・トランペットを入れた管弦楽編成だ。「自伝」によると、作曲当時、ストラヴィンスキーは交響曲形式に魅力を感じておらず、慣例に従わずに作曲したかったという。そこで異形の管弦楽が声楽と一体化した型破りの交響曲となった。

ストラヴィンスキー:3楽章の交響曲/交響曲ハ調/詩篇交響曲

サー・ゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団・合唱団「ストラヴィンスキー:3楽章の交響曲/交響曲ハ調/詩篇交響曲」(1993、97年録音、ユニバーサル)

「詩篇交響曲」第1楽章の高揚感には圧倒される。ピアノも入った硬質な響きでホ短調の主和音が刻まれた後、ピアノが分散和音を繰り返し、ミとファの短2度を行き来する呪文のような祈りの合唱が始まる。狭い音域の水平的な合唱は、管弦楽の和音の一撃に阻まれながらも、次第に音量と音程を上げてクライマックスを迎える。その時、高潮した合唱の中を、階段状に上っていく動機が金管を中心に現れる。フリギア旋法に基づき2オクターブを駆け上がるこの音階風の動機は、啓示のように神がかり的な光を差し込む。そして最後はト長調の輝きで第1楽章を閉じる。シンプルながら3分間の出来事とは思えない高密度の音楽だ。


Stravinsky: Symphony of Psalms – Radio Philharmonic Orchestra and Netherlands Radio Choir – Live HD

1938~40年、第二次世界大戦の勃発と米国への移住に前後して書き進められたのが「交響曲ハ調」。ここで一転して典型的な交響曲に回帰する。ハイドンやベートーヴェンの古典派交響曲とチャイコフスキーの「交響曲第1番」が刺激になったようだ。「交響曲ハ調」は4楽章構成やソナタ形式の伝統を踏まえながら、時代の最先端を行く和声やリズムを盛り込んだ新古典主義の傑作の一つ。さらに1942~45年には、協奏曲の要素を盛り込んでピアノとハープが活躍する「3楽章の交響曲」を作曲した。新天地・米国にあって、西洋音楽の伝統の「型」に磨きをかける職人気質がそこにある。

カントリーを美声で歌うボブ・ディラン

時代ごとに作風を変化させたストラヴィンスキーは「カメレオン作曲家」と呼ばれた。期待を裏切る作風はあのノーベル文学賞受賞者に似ている。変身を重ねてファンを戸惑わせてきたボブ・ディランだ。プロテストソングを歌う反戦運動の象徴として登場したシンガーソングライターは、フォークギターをエレキギターに持ち替えてロック色を強めていった。

ボブ・ディラン「ナッシュビル・スカイライン」(1969年、ソニー)

ボブ・ディラン「ナッシュヴィル・スカイライン」(1969年、ソニー)

ボブ・ディランは1969年、それまでの作風からは想像もつかないカントリー・アンド・ウエスタンのアルバム「ナッシュヴィル・スカイライン」をリリースした。ベストを含め通算10枚目の同アルバムでは、彼の個性であるハスキー・ボイスをいったん解除し、美声で朗々とカントリーを歌う。初期からのファンは腰を抜かしたと思うが、ボブ・ディランはもともとカントリーが大好きだった。カントリー、フォーク、ブルース、ロックンロールなど様々な音楽の「型」を吸収し、自らの個性にしていく時代横断的な作風はストラヴィンスキーに通じる。

ストラヴィンスキーは革命家や前衛芸術家といったレッテル張りを嫌った。むしろ保守的ともいえる地道な職人気質の作曲家だった。十二音技法によるセリー主義に遅ればせながら向かったのも、開祖シェーンベルクが1951年に死去した後、シェーンベルクの作品が現代音楽の古典と見なされ始めてからだ。創造は模倣から生まれるといわれる。型から入り、型に習熟してこそ型破りも可能になる。現代音楽を担う作曲家の本懐である。

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池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
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