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今月の音遊人:諏訪内晶子さん「音楽の素晴らしさは、人生が熟した時にそれを音で奏でられることです」
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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#058 なぜジャズは“クール”でなければならなかったのかを悔い改める~スタン・ゲッツ『スタン・ゲッツ・プレイズ』編
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2025.4.4
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, スタン・ゲッツ
アフリカン・アメリカン系のジャズを重視するという“ジャズのバイアス”が、ボクにもあったことを懺悔しておかなければなりません。
そのバイアス下で出逢ったスタン・ゲッツという、ウクライナにルーツのある白人系のジャズ・ミュージシャンへの評価は、きっとかなり割り引かれたものだったに違いありません。
しかし近年、室内楽や現代音楽に親しむ機会が増えれば増えるほど、アフリカン・アメリカン系のジャズに感じていたプリミティヴな魅力と同様に、構築された音楽理論を内包する神秘的な調和感に惹かれる自分がいることに気づいているのです。
そうか、それがジャズの“クール”ということなのかもしれない、と。
そんな“クールの謎”を解き明かしてくれるかもしれない本作を、聴き直してみましょう。
1952年12月に米・ニューヨークのスタジオでレコーディングされた作品です。もともとは8曲収録の10インチLP盤としてリリースされ、そこからA面6曲とB面5曲で構成された12インチLP盤が1955年にリリースされました。
CD化では1952年にレコーディングされた12曲と、1954年にレコーディングされた4曲を加えた16曲構成のヴァージョンが先行し、1952年レコーディングの12曲(LP盤収録11曲にボーナス・トラック1曲を追加)版がスタンダードになっています。
また、カセットテープも12曲構成でリリースされています。
メンバーは、テナー・サクソフォンがスタン・ゲッツ、ギターがジミー・レイニー、ピアノがデューク・ジョーダン、ベースがビル・クロウ、ドラムスがフランク・イソラ。1954年のレコーディングでは、ピアノがジミー・ロウルズ、ベースがボブ・ホイットロック、ドラムスがマックス・ローチに入れ替わっています。
収録曲は、ジャズ・スタンダード・ナンバーを中心に構成されています。
スタン・ゲッツが、その圧倒的なテクニックとレスター・ヤングを継承する繊細な音色で、ウッディ・ハーマン率いるザ・セカンド・ハードのソリストとして注目されるようになったのは、1940年代後半のことでした。
1950年にソロ活動を開始すると、1952年にギタリストのジョニー・スミスが行なった『ムーンライト・イン・ヴァーモント』のレコーディングでの演奏が人気を博し、ノーマン・グランツが設立したレーベル“クレフ・レコード”と契約して本作(の主な構成曲)のレコーディングに臨むことになります。
その後ノーマン・グランツは、1950年代後半から60年代にかけての先進的なジャズを次々に送り出すことになったヴァーヴ・レコードを設立し、本作のオリジナルである10インチLP盤も再編集されました。
つまり、収録の1952年時点で25歳だった新進気鋭のサックス奏者の名演を無駄なく12インチLP盤に仕立て直せば「必ずヒットするだろう」という胸算用があったからこそのリリース戦略とも言えるもの。
見事にその目論見は当たって、1950年代を代表するジャズのLP盤として認知されるようになった──というわけです。
スタン・ゲッツは、その人気の高まりに比例するかのように、麻薬に溺れていくことになります。
1954年、彼は麻薬中毒の治療薬を入手する目的でドラッグストアに押し入って逮捕された後、薬を過剰摂取して自殺を図ります。ということは、ヴァーヴ・レコードがスタン・ゲッツの人気にあやかって新作(つまり12インチLP盤のフル・アルバム)を出そうというタイミングで、本人はそのオファーをまっとうできる状態ではなかったということです。
CD化でボーナス・トラックとして収録された4曲と同日にレコーディングした2曲を含むアルバム『スタン・ゲッツ・アンド・ザ・クール・サウンズ』(1957年)は、1953年から55年にかけてレコーディングされた曲を“かき集めたように”して構成されていることからも、その状態を察することができます。
しかし彼は、1991年に64歳で逝去するまで、麻薬依存と更生を繰り返しながらも、ジャズ史に残るエポックを生み出し続けました。
本作は、その最初の足跡として貴重であるだけでなく、ジャズのストリーム(=系譜)が大きく変革する1950年代後半以降においても重要な影響を与えたものとして、再研究されるべき要素を多く含んでいると思うのです。
それはたとえば、本作の演奏で展開されるオリジナル・メロディとアドリブの関係に見られる(バルトークに代表されるような)現代音楽との関係や、レスター・ヤングを想起させると謳われたプレイ・スタイルがジョン・コルトレーンの『バラード』などのスロー・テンポな諸作に及ぼした影響などなど……。
スタン・ゲッツが1960年代にサンバ~ボサノヴァとジャズを融合する立役者になる“素質”もそのあたりに潜んでいそうなので、“宿題”にしたいと思います。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook
文/ 富澤えいち
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