Web音遊人(みゅーじん)

連載29[ジャズ事始め]“ジャズは難しい音楽じゃない”とアメリカ帰りの渡辺貞夫は言った?

『サダオ・ワタナベ・プレイズ』は、渡辺貞夫が帰国した直後の、1965年11月にスタジオ収録されたアルバムだ。

メンバーは、トランペットに仲野彰、ピアノが前田憲男と八城一夫、ドラムに富樫雅彦、ベースは原田政長。渡辺貞夫はアルト・サクソフォンとフルート、そして宮沢昭がテナー・サクソフォンとフルートで参加している。

現在では、日本のジャズ史にその名を残すお歴々が集っている“スーパー・セッション”に見えてしまうのだけれど、当時とすれば32歳の渡辺貞夫とほぼ同年代の“若手”というラインナップ。とはいえ、いずれもすでに日本のポピュラー音楽シーンで頭角を現わしていた売れっ子たちではあったのだが。

全体の印象としては、3管を使ったハード・バップっぽい(もっと言えばジャズ・メッセンジャーズっぽい)アンサンブルの『ウォーキン』『ウィッチ・クラフト』、曲調もコルトレーンに寄せていると感じる『チム・チム・チェリー』『ナイーマ』、オリジナルの『レディ・マコ』『ウーマン・トーク』『M&M』ではチャーリー・パーカー系のビバップ・フレーズを多発するなど、“アメリカ帰り”をウリにしようとしたレコード会社の戦略がかなり前面に出ている感じがする。

もちろん、戦後ジャズブームが去った日本で新たな風を求めていた日本の音楽ファンに対する訴求力があるという判断もあったのだろう。

唯一、『トレイン・サンバ』を収録したのは実験的だったとも言えるが、日本のジャズ系ミュージシャンにサンバのリズムとニュアンスのなじみがなかったことを考えると、無謀な挑戦だったのかもしれない。

しかし、こうしたことがきっかけで、「アメリカから帰ってきた渡辺貞夫がおもしろい曲をやっている」と“界隈”で評判になったのは想像に難くない。

それこそが彼の土産であり、意図でもあったのだと思う。

次作は、半年経たない1966年3月にレコーディングした『家路/渡辺貞夫モダン・ジャズ・アルバム』。

八城一夫トリオに宮間利之とニューハードという厚いバックを従えて、ポピュラーな選曲での制作。ソリストとして大編成のサウンドのなかでも存在感を示すことができることを証明したとともに、“モダン・ジャズは決して難しい音楽ではないんですよ”といったスタンスを感じる。

そして同年11月、帰国1周年を祝うかのように収録されたのが、『ジャズ&ボッサ』だ。

日本にボサノヴァ・ブームを巻き起こした“発火点”とも言われるのがこのアルバム。次回はこれを解体してみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:寺井尚子さん「ジャズ人生の扉を開いてくれたのはモダン・ジャズの名盤、ビル・エバンスの『ワルツ・フォー・デビイ』」

9048views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#008 常識破りの音数の少なさが“ジャズの気分”に風穴を開けた~セロニアス・モンク『セロニアス・ヒムセルフ』編

3188views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

45412views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

3902views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

5503views

重田克美

オトノ仕事人

スポーツやイベントの会場で、選手やお客様のためにいい音環境を作る/音響エンジニアの仕事

10018views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19880views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7826views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20398views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

11219views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4801views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26346views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11875views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14356views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#014 無制限というジャズの特性を逆手に取ったカバーのお手本~シェリー・マン『マイ・フェア・レディ』編

1403views

オトノ仕事人

芸術をとおして社会にイノベーションを起こす/インクルーシブアーツ研究の仕事

7030views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

8540views

P-515

楽器探訪 Anothertake

ポータブルタイプの電子ピアノ「Pシリーズ」に、リアルなタッチ感が得られる木製鍵盤を搭載したモデルが登場!

34061views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

22132views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6979views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

56417views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7826views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10551views