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好奇心と行動力で結実したオーケストラ作品集『the Dark Night Rhapsodies』/日向敏文インタビュー
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2025.8.25
tagged: インタビュー, アルバム, 日向敏文, the Dark Night Rhapsodies
作曲家でありピアニスト。これまでにテレビドラマやドキュメンタリー番組のサウンドトラックを数多く手がけてきた日向敏文の最新作は、なんとオーケストラ作品集。2025年6月にリリースされたアルバムに込めた思いや制作秘話を聞いた。
1980年代から90年代にかけて、クラシック音楽をベースとしたインストゥルメンタル・ミュージックで独自の地位を確立し、自身の活動のほか、テレビドラマ『東京ラブストーリー』をはじめ、数多くの映像作品のサウンドトラックも手がけ続けている日向敏文。1997年、Le Coupleに提供した『ひだまりの詩』は空前の大ヒットを記録した。彼が作った音楽は誰もが一度は耳にしたことがあり、記憶の中のどこかで、いつかの自分にそっと寄り添うように鳴っている。日向敏文は、そんな音楽家ではないだろうか。
高校を卒業後、まだ現在のように気軽に海外に行けなかった時代に、日向はイギリス、そしてアメリカへ渡った。アメリカでは大学で環境学を学びながら音楽活動もしていたが、現地の音楽シーンに触発されて、両親に断ることなくバークリー音楽大学に転校したという。そのようにして軽やかに、そして大胆に自らの進路を決めてきた彼のことだから、2022年のソロピアノ作品『Angels in Dystopia Nocturnes & Preludes』を作ったきっかけが「SNSで世界中のファンと交流し、彼らの気持ちに応えたいと思った」ことだったというのもうなずける話だし、最新アルバム『the Dark Night Rhapsodies』のレコーディングに関するエピソードもまたしかり、なのだ。
「この15年ほど、ずっとオーケストラの作品を書きためていたのですが、オーケストラを集めてレコーディングして、アルバムにまとめるなんていうことは、現実的には無理だろうな、と思っていました」
しかし、そんな状況も、やはりSNS上でふとした発見をしたことから、大きく動き出していく。
「タイムラインにハンガリーのブダペスト・スコアリング・オーケストラというのが出てきて、映画はもちろん、最近ではNetflixなどで配信される映像作品のサントラも数多く手がけているということを知ったんです。近年、東ヨーロッパのオーケストラが映画などで活躍しているという噂を耳にしていたこともあって、すぐにメールで問い合わせてみたんです」

指揮者のゾルターン・パド
興味をもったらすぐに連絡してしまう日向の行動力は、たまたまメールをチェックしていたオーケストラのCEOが即座に返信してくれるというラッキーな展開を招く。
「それであらためて自己紹介をして、作品の内容や必要な楽器などを伝えて、そのやりとりだけでレコーディングを決めてしまったんですよね」
それが2024年の10月で、レコーディングは2025年の2月。ブダペストのスタジオで行われ、オーケストラ側の完璧なスケジューリングのもと、たった2日で終了した。指揮者のゾルターン・パドをはじめ、各奏者の力量が非常に大きかったこと、そして日向自身は演奏せず、作品の意図を伝える役割に徹したことも完成度の高さにおおいに貢献したことも付け加えておきたい。

ブダペストでのレコーディング時の様子。
さて、アルバムを聴いていこう。2022年の前作『Angels in Dystopia Nocturnes & Preludes』は「戦争やジェンダーの問題などで苦しんでいるファンの声に音楽で応える」というシリアスなコンセプトを掲げつつ、日向独特のユーモアや軽やかさも備えた聴きやすい作品だった。本作も同様で、古い映画のオープニングを思わせる煌びやかなサウンドが、ヘヴィなテーマとの陰影を作り出し、絶妙な味わい深さを生みだしている。
「現在の世の中の厳しい情勢を反映したものを作りたい半面、ハッピーとまではいかなくても、どこかおどけたような表現も取り入れたいという気持ちもありました。バスーンの高音域を効果的に使った、例えばプロコフィエフが『ピーターと狼』で用いた手法といえばいいでしょうか」
オーケストラ作品と聞くと、交響曲のように長大でなくともある程度の尺と壮大さを想像してしまうところだが、本作に収録された楽曲はダイナミックな躍動感を持ちつつ、どれも3~5分ほどにまとめられ、気負わずに楽しめるのが特徴だ。そして、記憶の奥底に眠っている映像をそっと喚起するような温かさもある。まるでどれもが序曲であり、その続きは聴いた者がそれぞれ紡いでいってほしい、と言わんばかりだ。
「僕の音楽を聴いてくれて、SNSでメッセージをくれたりするファンは、若い方が圧倒的に多いんです。彼らは僕たちの若い頃と違って、みんなヘッドホンで聴くから、自分の世界に入りやすいですよね。そんな彼らの存在も意識しました」

ブダペストにて
砂漠の世界にロマンを抱くエキゾチックな組曲『Babylon in the Sands』、幸福感の裏に何かが隠れていそうな『Vendetta』、日向が敬愛するラヴェルへのオマージュであり、管楽器と弦楽器のやりとりが楽しい『Joker』は、10年もの間アイデアを温めてきたという。若かりし頃にイギリスのパブで聴いた古楽器クルムホルンの音色に着想を得てイントロに反映させた『Wings of the Lion』、そしてアメリカでの留学時代と家族との関係に思いを馳せる『Sweet Rebels』など、各曲について話を聞いていくと、実は本作は日向自身の人生の中にあるさまざまな出来事を綴ったサウンドトラックでもあるのだ、ということに気づく。
自分の心情やこだわりを、まるで聴く者自身の物語であるかのように変換してアウトプットできる。これが日向の音楽家としての真骨頂なのではないか。そんな魅力が存分に味わえるアルバムだ。
「本作では、自分の中にあるいろいろな気持ちを音にして込めることができたと思います。そして、ブダペストでのレコーディングを経験したことにより、新たな構想もいくつか生まれてきましたので、それらもこれからひとつずつ実現できたら、と考えています」
自分で行動して機会を引き寄せ、いまだに新境地を切り開き続ける日向敏文。いつでも変わらないのは、彼の音楽はいつだって聴く者の心にそっと寄り添ってくれるということだ。

発売元:ソニー・ミュージックレーベルズ/アルファミュージック
発売日:2025年6月25日
料金(税込):CD 4,400円 アナログ盤 6,600円
詳細はこちら
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文/ 山﨑隆一
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