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素顔と唯一無二の演奏が刻まれたドキュメンタリー映画『フジコ・ヘミング 永遠の音色』/小松莊一良監督インタビュー
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2025.10.23
tagged: ピアノ, 映画, ベーゼンドルファー, フジコ・ヘミング 永遠の音色, 小松莊一良
「魂のピアニスト」と称され、世界中の人の心を揺さぶったフジコ・ヘミング。2024年4月21日に92歳で旅立った彼女の生き様と唯一無二の音色が刻まれたドキュメンタリー映画『フジコ・ヘミング 永遠の音色』が、2025年10月24日から公開される。
2018年に公開され、ロングランヒットしたドキュメンタリー映画『フジコ・ヘミングの時間』、2024年上映の『恋するピアニスト フジコ・ヘミング』を手がけてきた小松莊一良監督が、12年間にわたって追い続けてきたからこそ迫ることができたフジコ・ヘミングの素顔や明かされた新事実が、スクリーンに鮮やかによみがえる。
「フジコさんに初めてお会いしたときのことは、今でもよく覚えています。廊下の先で僕の姿を見つけた彼女は、まるで少女のように、はにかんだんです。ご存じの通り、決して口はよくないのですが、純粋な少女性を持ったそれまで出会ったことがないアーティストでした」
小松監督は、2013年の邂逅をそう振り返る。頑張る女性をテーマにしたミニドキュメンタリーのテレビ番組の取材だったが、相性がよかったのかすぐに打ち解け、怖そうだという印象もクラシック音楽に対するハードルも一瞬にして崩れた。

その後も定期的にお茶を飲む間柄となり、ある日、南米でのリサイタルが話題に。ヨーロッパやアメリカではなく南米という意外性に惹かれ、同行して撮影することになった。これをきっかけに、『フジコ・ヘミングの時間』が生まれることになる。
「僕は自主制作出身なので、そのステップで制作すれば独自のテーマで自由にフジコさんを描けると考えました。見切り発車で、最初はプロデューサー兼フジコさんのサポート役の妻とふたりだけでのスタートでした」
小松監督が手がけるドキュメンタリーの撮影や編集は、一般的な映画やテレビ番組とは違ったスタイルだ。
「ありのままを撮るというスタイルです。人は誰でも、カメラを向けられると演じてしまいます。だから、朝から帰るまで回しっぱなしにして、意識しない環境をつくることで、自然な姿や言葉を撮ることができます。まるで隣にいる友人に話しているようなシーンが撮れるまでは、撮影を重ねていくという方法で進めています」
膨大な記録からシーンを厳選していくことは、まるで砂金を探すようなものだと笑う。しかし、それこそが必須の方法論だ。そして、もうひとつのこだわりが“余白”だという。
「フジコさんは、譜面の音符と音符の間の揺らぎや間のフリーダムな部分を歌うように弾いて表現することを大切にしていました。ドキュメンタリーもそうあるべきだと僕は考えています。テンポを速くしたり、物語や心境をナレーションやテロップで語ったりすることもできますが、結局は対象者を型にはめることになったり、歪めてしまったりすることになります。だから、僕は何も語っていない空気のようなシーンがとても好きなんです。観ている人がフジコさんのまわりの空気を一緒に楽しみ、それぞれが想いをめぐらせていけるような余白をたくさん残すようにしました」

前々作、前作に続き、今回の『フジコ・ヘミング 永遠の音色』にも築き上げてきたふたりの深い信頼関係が如実に見て取れる。
スウェーデン⼈の⽗と幼少時の別れ、⺟の厳しいレッスン、無国籍の⽣きづらさ、貧しい留学⽣活、忘れられない恋、聴⼒の喪失……。60代にして認められ、⼈気ピアニストになった波乱万丈の人生が、フジコの素顔とともに描かれていく。さらに、本作では、フジコが小松監督に託した絵日記によって、新たな真実が明かされる。日記のナレーションは、2003年放送のスペシャルドラマ『フジコ・ヘミングの軌跡』でフジコを演じた菅野美穂さんが務めた。
「僕たちがまだ出会っていない1950〜80年代にかけての日記によって、知らなかったフジコさんの過去を追体験していくよう意識しました。菅野さんに読んでいただくことによって、フジコさんが当時抱いていた繊細な感情や美しい表現が伝えることができたのではないかと思っています」

圧巻の『ラ・カンパネラ』をはじめとする、心揺さぶる演奏シーンも大きな魅力だ。
「『誰も知らない曲を難しそうな顔をして弾いていると、みんな寝てるのよ。私だって退屈だわよ』とフジコさんは常々話していました。だから、コンサートではフジコさんのいう耳馴染みがある“名曲”を演奏することが 、1950年代から長い年月を演奏してきた上での“答え”だったのだと思います」
本作には、ショパンの『ノクターン』やドビュッシー『月の光』など名曲クラシックの数々から現代作曲家のオリジナル曲までフジコの演奏が収録されている。小松監督が「低音のバーンという感じもルックスも好き」だというベーゼンドルファーの音源が主に使われた。
「『もう生で聴けない』とか『あの演奏を再び聴きたい』、『聴いてみたかった』などという声をよく耳にするんです。映画館のいい環境で、ライブ映像だけではなくフジコさんの目線や考えも含めて楽しんでほしいと思っています」

あたかも人の声のように語りかけてくる音、指先まで追ったシーン……。クラシックファンでなくても、胸に迫ってくるものがある。
「出会ったころのフジコさんは、まだ少し尖ったところがあったのですが、7~8年ほど前から柔らかくなってきたんですね。同時に、心が清らかでいなければいい演奏はできないと言うようになり、本当に有言実行の方だと思いました。そして、人として成長、進化していたように感じました」
いくつになっても頑張れることを伝えると同時に、夢を抱く若い人へのメッセージになればと小松監督は考えている。
「フジコさんの言葉や行動にはたくさんのヒントがあるので、みなさんのそれぞれのアンテナで見つけてほしいですね。僕は数多くのアーティストの方に会ってきましたが、彼女は僕らの時代から見ても引き出しが異次元というか、深みが幾重にもあって、そのあたりも体験していただきたいです。そして、この映画を見て素顔のフジコさんとまた出会い、元気になってほしいと思っています」
心震える自分だけの体験を、ぜひ映画館で味わってほしい。

監督:小松莊一良
出演:フジコ・ヘミング
ナレーション:菅野美穂
配給:日活
2025年10月24日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
オフィシャルサイトはこちら
文/ 福田素子
photo/ 阿部雄介
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