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【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase64)ブラームス青年の集大成「ピアノソナタ第3番」、福原彰美の颯爽とした推進力、間奏曲風の詩情
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2026.1.28
tagged: 音楽ライターの眼, クラシック名曲 ポップにシン・発見, 福原彰美, ブラームス
ドイツの作曲家ヨハネス・ブラームス(1833~97年)のピアノ曲では、間奏曲(インテルメッツォ)を中心とした後期の小品集が名曲ぞろいで人気も高いと本連載Phase14でお伝えした。しかし大作が並ぶのは初期だ。ピアノソナタ全3作品は、彼がシューマン夫妻と出会う19~20歳頃の作。「ピアノソナタ第3番ヘ短調Op.5」は金髪と碧眼のブラームス青年の集大成だ。そこでは早くも内省と追憶の「間奏曲」が聴ける。ピアニスト福原彰美の新譜CDは、颯爽とした推進力と間奏曲風の詩情でこの大作の真価を浮き彫りにする。
ブラームスは1853年9月、独デュッセルドルフのシューマン家を訪問した際、ロベルト、クララ夫妻を前に「ピアノソナタ第1番ハ長調Op.1」を自ら弾いて聴かせている。「同第2番嬰ヘ短調Op.2」も完成していた。そして1853年10月には全5楽章、演奏時間約40分と最大にして最後の「同第3番ヘ短調Op.5」を作曲し、シューマンに講評を求めた。第4楽章を「間奏曲」と題した異例のソナタ。ブラームスは弱冠20歳にしてピアノソナタの作曲を卒業したことになる。「第3番」には独学と演奏活動の実践で這い上がってきたブラームス青年の野心と大作志向が感じられる。
ブラームス初期の傑作なので名盤は多い。ただ、気負いすぎて武骨な演奏にもなりがちだ。質実剛健の力強い演奏というだけでは、この作品の堅固な古典形式の面ばかりが強調され、間奏曲風のロマン的な詩情を表現しきれないだろう。豪放で重量級の演奏ばかりだと、どうしても後期の「6つのピアノ小品Op.118」「4つのピアノ小品Op.119」といった憧憬と諦観が交錯する枯淡の間奏曲やバラードが恋しくなる。ところがここに、重厚さに加え、流れるような推進力があり、瑞々しい詩情も湛える新譜が登場した。福原彰美の「ブラームスアルバムⅡ 若き作曲家の情熱、詩情――」(ACOUSTIC REVIVE)である。

福原彰美「ブラームスアルバムⅡ 若き作曲家の情熱、詩情――」(2025年、ACOUSTIC REVIVE)=写真提供:ACOUSTIC REVIVE
福原の新譜CDには「ピアノソナタ第3番」のほか「主題と変奏(弦楽六重奏曲第1番より)ニ短調Op.18b」、クララ・シューマンの「シューマンの主題による変奏曲Op.20」、それに世界初録音となるブラームス初期の歌曲3つのピアノ独奏用編曲「帰郷Op.7 No.6」(S・ヤーダスゾーンと福原彰美編曲)、「ソネットOp.14 No.4」(福原彰美編曲)、「エオリアン・ハープにOp.19 No.5」(R・ケラー編曲)も収めている。福原自らが歌曲を編曲してまでブラームス青年の情熱と詩情を浮き彫りにした1枚だ。
福原は2017年に「ブラームス:ピアノ小品集〜孤高の作曲家が音楽に込めた愛〜」(ACOUSTIC REVIVE)をリリース。「8つのピアノ小品Op.76」「6つのピアノ小品Op.118」「4つのピアノ小品Op.119」と歌曲2つのピアノ独奏用編曲を収めた。ブラームス独自の哀愁と追憶と思索の間奏曲風の世界を描いて8年後、満を持しての「ピアノソナタ第3番」のレコーディングだ。演奏の完成度は高い。福原に今回のCD録音について聞いた。
――今回のレコーディングにどのような演奏方針で臨みましたか。
「今回のアルバムは、『ピアノソナタ第3番』を軸に、20代の若きブラームスに焦点をあてています。初期の作品に向き合うなかで強く感じたのは、溢れんばかりの前向きなエネルギーと、瑞々しくあたたかい詩情でした。ブラームスは後世の研究者から『彼には本当に若い頃があったのだろうか』と言われるほど、渋く成熟したイメージが定着しています。今回のアルバムでは、そうなる前の、青年ブラームスの素顔を捉えたいと思いました。颯爽とした、自然に呼吸する音楽を常に意識しました」
――「ピアノソナタ第3番」はブラームスの作品群の中でどのような曲ですか。
「『ピアノソナタ第3番』は、作曲家として歩みはじめたブラームスが『自分はここにいる』と力一杯に主張するような意志の力に溢れています。後期の内向的で凝縮された小品とは全く異なる魅力です。ブラームスは『ピアノソナタ第3番』を書く少し前に、リストの『ピアノソナタ ロ短調』をリスト本人の演奏で聴いていました。その音楽に共感したわけではなかったようですが、『ピアノソナタ第3番』の作曲にあたって、リストの『ピアノソナタ ロ短調』を意識した可能性は十分にあると思います。一方で、ブラームスには、伝統への忠誠心や、先人が築いたものを受け継ごうとする義理堅い一面がありました。『ピアノソナタ第3番』は伝統形式の枠組みと調和しながら、壮大でロマン派的な喜びを感じさせてくれる、他に類をみない作品です」
――ブラームスの初期に集中しているピアノソナタ3作品の個性は何ですか。
「幼少期のブラームスは、作曲家を志す以前に、まずピアノ教育を徹底して受けていました。各地の音楽界の重鎮を訪ね、自らピアノで自作を演奏することが、音楽家として身を立てたい彼の自己紹介の手段でした。こうした時期に書かれた3つのピアノソナタには、『ピアニスト兼作曲家』として彼が培った技術や経験のすべてが注ぎ込まれています。3作品を通して作曲家として急速に発展する様子、その熱量を真正面から感じられる点が、ブラームスのピアノソナタの特徴だと思います」
「1853年にシューマン夫妻の前で演奏し、ブラームスが世に出るきっかけとなったのは『ピアノソナタ第1番』、彼の自信作でした。『同第2番』ではブラームスがまだ指針を探し求める段階にあることがわかります。最も完成度の高い『同第3番』は、『何よりも作曲に励みたまえ』とシューマンに助言されたブラームスが、その使命を強く自覚した作品でした。『第3番』は、シューマンが体調を崩した後、良き理解者となったクララ夫人の評価を得ることを願って書かれた最初の作品でもあります。その流れから、今回のアルバムには2人をつなぐきっかけとなったクララ・シューマンの『シューマンの主題による変奏曲Op.20』も収録しています」
――初期歌曲のピアノ独奏版を世界初録音しましたが、「ピアノソナタ第3番」と歌曲との関連性をどのように考えますか。
「ブラームスにとって歌曲は、『心が帰る場所』だったと思います。ピアノソナタのように大きなことを成し遂げるために書いたのではなく、ただシューベルトに憧れ、気負わないブラームスがそこにいます。ソナタや交響曲についてブラームスが自らの言葉で語ることは稀でしたが、歌曲については、彼にしては気軽にコメントを残しています。短い歌曲に聴くことのできる素朴な抒情性に、彼の本質が表れていると思います。今回のアルバムでは『ピアノソナタ第3番』が“顔”だとすれば、『エオリアン・ハープに』のような作品が“心臓”であると私は捉えています」
「ブラームスの歌曲には、それまでの大家と異なるスコアの書き方が見られ、全体が対位法的に構成された作品が少なくありません。ブラームスが歌手の伴奏を務めた際にも、旋律線に呼応するようにピアノの低音ラインを豊かに響かせ、対位法的な発想が演奏に反映されていたそうです。今回のアルバムではそのようなブラームスの独創的な音楽を聴いていただくため、初期の歌曲から、音楽的に優れ、かつピアノ独奏に適した作品を選びました」
福原は書籍の翻訳を通じてもブラームスを探究してきた。まず2020年刊行の「ブラームスを演奏する」(クライヴ・ブラウン、ニール・ペレス・ダ・コスタ、ケイト・ベネット・ウォズワース著、天崎浩二、福原彰美訳、音楽之友社)。ピアニストとしてのブラームスが旋律音と伴奏音を少しずらしたり、楽譜にはないアルペジオ(分散和音)を用いたりして弾いたことなどを指摘している。ブラームスの厳格な音楽は「正確な速さで演奏する」ものという常識を覆し、実際には作曲家自身も柔軟なテンポとルバート、リズムで弾くことを理想にしていたと分かる。

マイケル・マスグレーヴ著「ブラームスの真実 ブラームス読本 上」(天崎浩二監訳、福原彰美共訳、2025年、音楽之友社)=写真提供:音楽之友社
続いて2025年末刊行の2冊「ブラームスの真実 ブラームス読本 上」「ブラームスの一五〇年 ブラームス読本 下」(マイケル・マスグレーヴ著、天崎浩二監訳、福原彰美共訳、音楽之友社)。ブラームスは自らの音楽理論や自伝といった著書を一切出版しなかった。それだけに音楽作品自体はもちろんのこと、クララ・シューマンとの書簡をはじめ私的な手紙や友人らの証言などを手掛かりにして研究し甲斐のある作曲家といえる。「ブラームス読本」の2冊には、最新の実証研究による示唆に富む指摘が盛り込まれている。
こうしたブラームス探究の成果も福原の新譜CDから聴き取れる。「ピアノソナタ第3番」でいえば、まさに柔軟なテンポの扱いだ。一本芯の通ったテンポで推進力を保ちつつ、自然なルバートを用いてテンポを揺らしている。単に厳粛な古典派ではなく、そうした「ずらし」からロマン派の情熱と抒情が醸し出されるのだ。楽譜を見ると、ブラームスはアルペジオ記号を多用している。それとともに剛健で劇的な激しい響きにも事欠かない。不愛想でひげ面の後年のブラームスの肖像に騙されてはいけない。ブラームスは古典形式を重視する保守的な容貌を見せながらも、演奏家には自由と創意のある解釈と演奏を要求していたのだ。
福原のCDのほか、ラドゥ・ルプ、ジュリアス・カッチェンの往年の名盤も聴きながら、「ピアノソナタ第3番」について読み解こう。まずソナタ形式の劇的な第1楽章ヘ短調アレグロ・マエストーソ。魅力の一つは第1主題と第2主題の提示部が終わる際の変ニ長調(D♭)の和音によるカデンツ(終止形)だ。福原の演奏では本当に一つの物語が穏やかに終わったように聴こえる。そして重要なのは提示部全体の繰り返しだ。単なるリピートではない。たまに時間短縮のためか提示部を繰り返さない演奏があるが、論外だ。ここは短篇小説(プラトニックな恋愛小説)をどうしても読み返したくなる場面であるからだ。
短篇小説を読み返した後に続く展開部はとても異色である。間奏曲風に内省的であり、過ぎ去った物語を静かに追想する。第1主題から潜んでいた「運命の動機」が蠢くように打ち鳴らされ続ける。注意深く耳を傾けなければ聴き過ごしてしまうほど内面に沈着している。ブラームスにとって間奏曲とは、幕間つなぎではなく、彼の哀愁や情熱、回想、思索を凝縮させた自由で詩的な音楽であり、晩年の小品集で高みに至ったといわれる。彼の「間奏曲」は早くも初期のこのソナタの第1楽章展開部に表れている。
展開部が運命の動機のような3連符を伴ってフォルティッシモ(きわめて強く)に達したところで再現部に入る。この第1主題の再現が展開部のクライマックスであるかのようだ。しかし第1主題は簡潔化されている。展開部で多用した運命の動機の経過句は省略されている。「はっきりと決然として(fest und bestimmt)」と指示された2つめの経過句は提示部の変イ長調からヘ長調に転調して再現する。第2主題もヘ長調で力強く再現され、終結部ではさらに明るさを増してヘ長調の主和音で結ぶ。
第1楽章の明暗が交錯する音の物語は何だろうか。シューマン夫人クララへの敬慕と横恋慕、成就しない運命の恋愛感情が投影されているか。だが第2楽章と第4楽章「間奏曲」はシューマン家への訪問の直前、1853年8月のライン地方徒歩旅行の時期に作曲されたという。一説にはその旅行中にブラームスはある少女に出会ったといわれる。
第2楽章はロマン的な情緒が溢れる緩徐楽章。第4楽章は運命の動機を強調した葬送行進曲風の悲痛な間奏曲であり、「回顧(Rückblick)」との副題も付けている。ある失恋を回顧し葬り去り、新たに出会ったクララとの愛に憧れと諦めの気持ちを抱くといったストーリーを想像することも可能だ。このソナタが何らかの恋愛体験と結びついていることは、第2楽章にドイツの詩人シュテルナウの詩「若い恋(Junge Liebe)」の下記の一節が引用されていることからも推察される。
Der Abend dämmert, das Mondlicht scheint.
Da sind zwei Herzen in Liebe vereint
Und halten sich selig umfangen.
夕暮れが訪れ、月の光が輝く。
そこには愛に結ばれたふたつの心
そして幸せに満ちて抱擁し合う。
(筆者拙訳)
第2、第4楽章に挟まれた第3楽章スケルツォでは、思い切りバネを効かせてはじき返すように、減7の分散和音(Edim7)からヘ短調(Fm)の主題へと進行し、悪魔的な諧謔の舞踏を始める。最後の第5楽章にはブラームスも苦心したようで、のちに改訂している。第5楽章はヘ短調から始まり、ヘ長調で力強く全編を閉じるが、複雑な心境を映したソナタだけに、安易な明転の結尾には納得できなかったか。ブラームスは「ピアノソナタ第2番」をクララに捧げた。「第3番」はというと、子女の音楽教師として弟を採用してくれたイーダ・フォン・ホーエンタール伯爵夫人に献呈した。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
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