Web音遊人(みゅーじん)

アラン・ホールズワースの超絶ギターが蘇る『ライヴ・イン・レヴァークーゼン2010』発表

2017年4月15日、アラン・ホールズワースが70歳で亡くなって、もうすぐ5年が経とうとする。

1960年代後半にデビューして以来、アランはロックもジャズも超えた唯一無二の音楽性と卓越したギター・テクニックで支持を集めてきた。エディ・ヴァン・ヘイレンを筆頭に数多くのギタリストからリスペクトされる彼は日本でも絶大な人気を誇り、1984年に初来日公演を行って以来、何度も日本のステージに立ってきた。

2014年の来日は“引退ツアー”と銘打たれていたものの、バックステージでアラン本人と話してみると「引退?何のこと?」とキョトンとしていた。どうやら本人の知らないところで発表されていたらしい。

彼は自分の音楽が愛され、敬意を持たれる日本のファンのためにプレイすることを楽しんでいたし、戻ってくることを望んでいたに違いない。ただその後、来日公演が行われることはなく、本当に最後のジャパン・ツアーとなってしまった。

ニュークリアス、テンペスト、ソフト・マシーン、ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイム、ゴング、UK、ブルーフォードといったバンド活動、そしてソロ・アーティストとして発表した『I.O.U.』(1982)『ロード・ゲームス』(1983)『アタヴァクロン』(1986)などのアルバムで聴かせる超絶速弾きや流麗なレガート、先を予想させないフレージングや曲構成によって天才ミュージシャンとして尊敬されたアランだが、そのキャリアは順風満帆とは言い難いものだった。

その孤高の音楽性は必ずしも“売れセン”ではなく、レコード会社は彼と契約することに二の足を踏んだ。彼はまた離婚時に自宅を嫁に明け渡したため、ホームスタジオを使えなくなってしまった。そんな事情もあり、オリジナル・スタジオ作品は2001年の“架空の映画サウンドトラック”『フラット・タイア』が最後となってしまった。

2008年、アランは筆者(山崎)とのインタビューでこう語っていた。

「車も家も惜しくないけど、スタジオを失ったのは痛かった。一時期は行く場所もなく、飲んだくれるだけの毎日だった」

アランが一方的な被害者というわけではなく、それぞれの事情があり、晩年にマネージャー的な人物と決裂したのも、コミュニケーションのすれ違いがあったようだ。とはいえ、彼の新作スタジオ・アルバムが作られることがなかったのは残念でならない。

(2016年にはクラウドファンディングで未発表音源集『Tales From The Vault』が発表された)

世界中の熱心なファンの要望に応えて、アランの生前のライヴ・パフォーマンスを捉えたアルバムや映像作品がリリースされてきたが、CD+DVD『ライヴ・イン・レヴァークーゼン2010』はそんなひとつだ。

本作は2010年11月9日、ドイツのケルン郊外、レヴァークーゼンの“ロックパラスト・フォーラム”でのライヴを収録したもの。アランとチャド・ワッカーマン(ドラムス)、アーネスト・ティブス(ベース)のトリオ編成で、『I.O.U.』からの『ザ・シングス・ユー・シー』『レターズ・オブ・マーク』、『ロード・ゲームス』からの『ウォーター・オン・ザ・ブレイン』『マテリアル・リアル』、ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイムの『ビリーヴ・イット』(1975)からの『フレッド』「プロト・コスモス』など、幅広い選曲がなされている。

この音源・映像はドイツ“WDR”TVの音楽番組『ロックパラスト』で放映された。1974年に放映開始、現在も続く長寿番組で、スタッフも音楽を熟知している。ロケーションも常設会場の“ロックパラスト・フォーラム”ということで、ライヴ全体の雰囲気からギター・ソロの運指まで、しっかりツボを押さえているのが嬉しい。

2010年といえばアランの活動の後期にあたるが、毎年のように日本でツアーを行っていた(1年に2回来日したことも)、まさに充実期。妥協のかけらもなく、それでいてリスナーの心を捉えて離さない、凄味ただよう演奏で魅せてくれる。

本作DVDには映像特典としてチャドとアーネストがアランとの思い出を語るインタビュー(約15分)も収録されている。その人柄やオフ時のエピソードよりも音楽的交流について話されているのがさすがアラン、根っからの音楽家である。

なお、『I.O.U.』などでアランと共演、最後の来日公演にも参加したドラマーのゲイリー・ハズバンドも自らのウェブサイトで有料動画『Behind The Beats Of The Music of Allan Holdsworth』を公開した。アランとの交流を語るトーク、彼と共演した5曲を再現するデモ演奏、1992〜93年の未発表ホームビデオ映像(ライヴ含む)のトータル90分という充実した内容で、アランの音楽性をさらに深く掘り下げることが出来る。

 

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

壷阪健登

今月の音遊人

今月の音遊人:壷阪健登さん「よい音や素敵な音楽に触れた時に、自分の細胞が活力を持ち始めます」

3043views

音楽ライターの眼

連載35[ジャズ事始め]佐藤允彦に音楽の方向を決めさせた1966年の“現代音楽祭”

1975views

楽器探訪 Anothertake

空間を包み込む豊かな響き「フリューゲルホルン」

6002views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

47971views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

20058views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

ステージマネージャーひと筋に、楽員とともにハーモニーを奏で続ける/オーケストラのステージマネージャーの仕事(後編)

18045views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

22357views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6422views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20472views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

1521views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6397views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10618views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

10173views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14424views

ニューイヤー・コンサート2018

音楽ライターの眼

ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート2018は、14年ぶりにムーティが指揮台に立つ

7732views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

8930views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

3696views

v

楽器探訪 Anothertake

弾く人にとっての理想の音を徹底的に追究したサイレントバイオリン™

6961views

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、新時代へ発信する刺激的なコンテンツを/東京芸術劇場 コンサートホール

ホール自慢を聞きましょう

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、刺激的なコンテンツを発信/東京芸術劇場 コンサートホール

12865views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5574views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

23900views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14839views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10618views