Web音遊人(みゅーじん)

エリック・ホープリッチ&ロンドン・ハイドン弦楽四重奏団

その夜、バセット・クラリネットは“歌った”|エリック・ホープリッチ&ロンドン・ハイドン弦楽四重奏団~バセット・クラリネットで聴く、モーツァルト『クラリネット五重奏曲』

座席数が333というヤマハホールは、演奏者の息遣いまでが身近に感じられるインティメイトな空間だ。木材を多用した内装で、響きも豊か。特に古楽器の繊細で柔らかい響きには最適なホールだろう。それを実感させてくれたのが、9月27日に行われた「エリック・ホープリッチ&ロンドン・ハイドン弦楽四重奏団」のコンサートだった。

前半はロンドン・ハイドン弦楽四重奏団による、2曲の弦楽四重奏曲。この四重奏団は若手のピリオド楽器(古楽器)奏者たちが集まって2000年に結成された気鋭のグループ。

最初のハイドン「弦楽四重奏曲 第67番 ニ長調」は、第1楽章の主題が晴れやかにさえずるひばりを想わせるとして「ひばり」の愛称で親しまれている名曲だ。短い序奏に続いて第1ヴァイオリンが軽やかで柔らかい響きで歌い出す。典雅な第2楽章を経て第3楽章は軽快なメヌエット、早いテンポの第4楽章は生き生きと演奏された。ガット弦やバロック弓を使う、ピリオド楽器の響きがホールに優しく響きわたり、耳に心地よい。

2曲目のべートーヴェン「弦楽四重奏曲 第6番 変ロ長調」は、作品18の最後に作曲された初期の弦楽四重奏曲。後期の弦楽四重奏曲のような渋さはないが、優しく内省的な若きベートーヴェンを彷彿とさせる名曲。第1楽章は軽快だが、しだいに思索的になり、特に「ラ・メランコニア」と題された第4楽章は、ゆったりとたゆたう、まさに憂愁をたたえた楽章。ヴィオラやチェロのやわらかい音色が印象的だ。

後半はこの日のメインであるモーツァルトの「クラリネット五重奏曲 イ長調」。ソリストは、現代最高のピリオド・クラリネットの名手として知られるエリック・ホープリッチ。彼は演奏家としてだけでなく、楽器の研究者としても、また製作者としても有名で、多くの著作や論文を発表している。当日の演奏では、モーツァルトの友人でクラリネットの名手だったアントン・シュタドラーが、1794年にリガで行ったコンサートのプログラムの版画をもとに、ホープリッチ自身が復元製作したという「バセット・クラリネット」を使用しての演奏。木製で先が折れ曲がったような珍しい形をしており、通常の楽器よりも3度低い音域までをカヴァーできるという。モーツァルトはシュタドラーのために、この五重奏曲を作曲しているので、「シュタドラー」という副題が付けられている。

そのバセット・クラリネットの音色は、ふくよかにして典雅。ホールの隅々にまで響きわたる豊かな音だ。ピリオド楽器のカルテットと、音がよく溶け合って美しく響きあい、聴く人々を至福へと誘う。ホープリッチの演奏はほんとうによく歌う。特に第2楽章の哀しみを含んだ音色はホールを包み込むかのように優しく響き、第1ヴァイオリンとの掛け合いも美しい。第3楽章のメヌエット、続く諧謔(かいぎゃく)的に始まる第4楽章では、バセット・クラリネットが大いに活躍する。広い音域を持つこの楽器ならではの、流れるようになめらかな演奏に、聴き手はすべて、穏やかな幸福感に満たされた。アンコールでは優雅な旋律の第2楽章がもう一度演奏された。

石戸谷結子〔いしとや・ゆいこ〕
音楽ジャーナリスト。1946年、青森県生まれ。早稲田大学卒業。雑誌「音楽の友」の編集を経て、85年からフリーランスで活動。音楽評論の執筆や講演のほか、NHK文化センター等でオペラ講座も担当。著書に「石戸谷結子のおしゃべりオペラ」「マエストロに乾杯」「オペラ入門」「ひとりでも行けるオペラ極楽ツアー」など多数。

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:荻野目洋子さん「引っ込み思案だった私は、音楽でならはじけることができたんです」

7793views

音楽ライターの眼

スーパーグループ、トマホークの新作『トニック・イモビリティ』とメンバー達の多彩な活動

2096views

reface シリーズ

楽器探訪 Anothertake

ひざの上に乗せてその場で音が出せる!新感覚のシンセサイザー「reface」シリーズ

13339views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

3922views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9111views

オトノ仕事人

歌、芝居、踊りを音楽でひとつに束ねる司令塔/ミュージカル指揮者・音楽監督の仕事

2890views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

6723views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2949views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13822views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

4320views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8477views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9944views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

4712views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22413views

音楽ライターの眼

ヨーロッパでは年末年始に多くの歌劇場が上演するR.シュトラウスの「ばらの騎士」

2488views

オトノ仕事人

歌、芝居、踊りを音楽でひとつに束ねる司令塔/ミュージカル指揮者・音楽監督の仕事

2890views

Red Pumps BIGBAND

われら音遊人

われら音遊人:出自がさまざまなメンバーと、誰もが楽しめる音楽をビッグバンドで

546views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

限りなく高い精度で鍵盤とハンマーの動きを計測するヤマハ独自の自動演奏ピアノの技術

23572views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10384views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6058views

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンの取り扱いについて

楽器のあれこれQ&A

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンを安心して運ぶには?

109373views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2949views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25128views