Web音遊人(みゅーじん)

ドヴォルジャークの真の魅力に出合う一冊

チェコに留学し、その後ヴァイオリニストとして国際舞台で活躍し、さらにメキシコに「アカデミア・ユリコ・クロヌマ」を創設して音楽教育者としても活動した黒沼ユリ子が、1987年に書き上げた『わが祖国チェコの大地よ――ドヴォルジャーク物語――』。その本が修正・加筆され、復刻版として新たに世に送り出された。題して『ドヴォルジャーク――その人と音楽・祖国』(冨山房インターナショナル)。

これは通常の作曲家の伝記ではなく、チェコの音楽を愛し、その地で研鑽を積み、ドヴォルジャーク(ドヴォルザーク)の作品と人生を徹底的に検証し、深い愛情をもってその人物像を描き出した著書である。

冒頭からドヴォルジャークのリアルな描き方に引き付けられ、読み進むほどに彼の存在が心の奥に確固たる姿で宿るようになる。まさに生きたドヴォルジャークに接しているような気分になるのである。

本著は、作曲家の生誕地ネラホゼヴェス村から幕を開ける。実は、私はドヴォルジャークの没後100年にあたる2004年にこの村を訪れているため、そのときの村の様子がまざまざと脳裏に蘇ってきた。

ネラホゼヴェスはプラハの北北西30キロほどに位置する小さな村。スメタナの連作交響詩「わが祖国」の「モルダウ」で有名なモルダウ川―チェコ語ではヴルタヴァ川―がボヘミア盆地を北上してエルベ川に合流する、その少し手前にひっそりとたたずんでいる。

ドヴォルジャークの生家はほぼ当時のままの姿を見せ、作曲家が生きた時代をしのばせる。建物の左側にはドヴォルジャークの像がどっしりとした構えで立ち、訪れた人を温かく朴訥(ぼくとつ)な表情で迎えてくれる。

ここはあたり一面がうっそうとした緑に覆われ、時折聴こえるのは鳥の鳴き声と樹木が風にそよぐ音だけ。空気はどこか高原を思わせる清涼さに満ち、時の流れが止まったかのよう。耳をすますと、遠くから教会の鐘の音が響いてくる。その他はほとんど人も見当たらず、静謐な雰囲気がただよう。ドヴォルジャークの作品の奥に潜む自然への強い想い、祖国の民族音楽に根差した曲想とリズム、大地に根差した頑健で素朴でヒューマンな音楽が、どこかから聴こえてきそうだ。

本著は作曲家の人生をたどりながら、さまざまな作品が生まれた経緯を紹介し、家族や友人や周囲の人々との交流を描き出していく。読んでいくうちに「ああ、この曲が聴きたい」「この作品をもう一度じっくり研究してみたい」「この作品はこうした状況から生まれたのか」と、あらゆる感情が沸き上がり、新たな発見に心が高揚する。さらに作曲家が生きた時代のチェコの様子、交流のあった作曲家の動向も理解することができる。ドヴォルジャークの真の魅力に出合う、そんな一冊である。

■インフォメーション

『ドヴォルジャーク――その人と音楽・祖国』
著者:黒沼ユリ子
発売元:冨山房インターナショナル
発売日:2018年9月6日
価格:2,800円(税抜)
詳細はこちら

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。 
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:MORISAKI WINさん「音は感情を表すもの。もっと音楽を通じたコミュニケーションをして、世界を見る目を広げたい」

6689views

音楽ライターの眼

ピンク・フロイドの幻のレア音源・映像が相次いで公開

4196views

v

楽器探訪 Anothertake

弾く人にとっての理想の音を徹底的に追究したサイレントバイオリン™

7112views

楽器のあれこれQ&A

ドの音が出ない!?リコーダーを上手に吹くためのアドバイスとお手入れ方法

198456views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

10873views

オトノ仕事人

オーダーメイドで楽譜を作り、作・編曲家から奏者に楽譜を届ける/プロミュージシャン用の楽譜を制作する仕事

19145views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

23906views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11430views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20749views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

4859views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5207views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32239views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

12216views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

23653views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase4)ガーシュウィン「キューバ序曲」、N.Y.サルサへの道 エクトル・ラボー没後30年に聴くダイバーシティ

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase4)ガーシュウィン「キューバ序曲」、N.Y.サルサへの道/エクトル・ラボー没後30年に聴くダイバーシティ

2289views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

ステージマネージャーひと筋に、楽員とともにハーモニーを奏で続ける/オーケストラのステージマネージャーの仕事(後編)

18263views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

10358views

CLP-800シリーズ

楽器探訪 Anothertake

グランドピアノの演奏体験を全身で感じられる電子ピアノ── クラビノーバ「CLP-800シリーズ」

2724views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

9990views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5006views

日ごろからできるピアノのお手入れ

楽器のあれこれQ&A

日ごろからできるピアノのお手入れ

67744views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

7358views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32239views