Web音遊人(みゅーじん)

作曲と演奏という相反する力学から見たジャズとクラシック

2019年6月30日、東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールで「ヤマハ・ガラ・コンサート2019」が開催された。

“ヤマハ音楽教室から生まれ育つ、若き音楽家たちの祭典”と題されたこのコンサートは、ヤマハが展開する各種コンペティションやコンクールで高い評価を受けたティーンエイジャーたち(なかには10歳に満たない出場者も!)を一堂に集め、お披露目をしようというもの。今回が16回目となる。

ボクも数年前から拝見するようになって、若き才能の発露を感じながら、日本の音楽教育の水準を測るためのひとつの基準としてその動向には大いに注目している。

今年のガラ・コンサートの総評としては、テクニックと表現力のバランスが全体的に向上し、作品としての聴き応えがあった──というものになるだろうか。つまり、見せる=魅せるというキーボード・パフォーマンスに力を入れたステージングだけでなく、内面的ともいえる作り込んだ作風をしっかりパフォーマンス・アレンジへと落とし込めているように感じた、ということ。

プログラムでは、ゲストを除く9人中2人(ピアノ・コンクールのファイナリストと、マスタークラスのピアノ特別コースの在籍者)が既成の名曲(ハイドン、フォスター、リスト)であったのに対して、あとの7人がそれぞれ自身のオリジナル曲や自編曲を演奏。

このオリジナルを“子どものお遊び”のレヴェルでは語れないところが、ボクがこのガラ・コンサートにハマってしまっている理由にもなっているのだ。

現在の日本で“ピアノを習う”場合、そのシステムはほぼ確立されていると言っていいだろう。習熟度に合わせた練習曲が存在して、対象者はそれをクリアしながらステップアップしていく。

一方で作曲に関しては、和声や旋律、リズムの種類といった基礎知識は知っておいたほうがいいものの、“学ぶ”という課程を経る必要がなかったりする。

つまり、これまで誰も考えなかったアプローチのほうが“曲を作る”という世界では評価点の高い項目になって、難度の高い既存のテクニックをいくら上手く組み合わせても“2番煎じ”を免れないということになる。

リストは作曲の創作性と、それを“習熟度に合わせた練習曲”に落とし込む実用性を考えることのできた、バランス感覚にあふれる音楽家だったと思うのだけれど、そもそもそれはかなり意識しなければ実現できないほど、両者は逆のベクトルを向いた音楽的表現行為ではないだろうか。

クラシックを軸に作曲と演奏の関係を見てみたけれど、実はジャズも作曲と演奏で逆のベクトルを有している点では変わりないだろう。

そうなると、ジャズとクラシックの関係性を問い続けるのは、あまり意味がないことのようにも思えてきた。

「そんなカベなんて、実はないんだよ」

ガラ・コンサートに出演していた、これからの音楽界を担うティーンエイジャーたちが、そう教えてくれようとしていたのかもしれません。

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:大塚 愛さん「私にとって音は生き物。すべての音が動いています」

21722views

穏やかに話すギター、救いを感じるチェロ。心ほぐれる空間に浸る/伊藤ゴローとジャキス・モレレンバウムのジョイントコンサート

音楽ライターの眼

穏やかに話すギター、救いを感じるチェロ。心ほぐれる空間に浸る/伊藤ゴローとジャキス・モレレンバウムのジョイントコンサート

6193views

トランスアコースティックピアノ™

楽器探訪 Anothertake

音量の問題を解決し、ピアノの楽しみを広げる「トランスアコースティックピアノ」

5956views

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ

楽器のあれこれQ&A

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ機種

28954views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

19815views

オトノ仕事人

リスナーとの絆を大切にする番組作り/クラシック専門のインターネットラジオを制作・発信する仕事

6688views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

25621views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8042views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11581views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

3367views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

6431views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11748views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

13161views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

26377views

音楽ライターの眼

クイーン、デヴィッド・ボウイ、デフ・レパードも絶大支持。モット・ザ・フープルが歌い続ける“ロックンロール黄金時代”

3868views

佐藤順

オトノ仕事人

劇伴制作の進行管理や演奏シーンの撮影をサポートする/映画等の劇伴制作をプロデュースする仕事

5507views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

9284views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

自宅で一流アーティストのライブが楽しめる自動演奏ピアノ「ディスクラビア エンスパイア」

64372views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

11281views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6750views

バイオリン

楽器のあれこれQ&A

アコースティックからサイレント、エレクトリックまで多彩なバイオリンを楽しもう!

765views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8042views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28117views