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人物造形が絶妙な、福澤徹三の小説

人物造形が絶妙な、福澤徹三の小説

新刊書評の対象となる「新刊」とは、3か月以内に出た本のことをいう。問題は原稿を書く段階では3か月以内でも、その雑誌が出る時点では4か月後になっていることも少なくないことだ。読者の側からすると、それでは遅すぎる。出来れば、本が出て2週間以内に書評原稿を書きたい。そうすればその1か月後(原稿を送ってから雑誌が出るまではだいたいそのくらいかかる)には書評が読者の手元に届く。つまり新刊が出てから1か月半後だ。これがぎりぎりだろう。
理想的なのは、新刊が書店に並んだ翌週くらいに書評が出ることだ。そのためには書評を書く側が、新刊発売前にその本を読んでいなければならない。そこで登場するのがプルーフ(簡易製本された見本)だ。出版社がそのプルーフを作って書店員や書評家に事前に配るのである。発売時にはその新刊の知識が行き渡るようにとの配慮から、この15年、プルーフを作る版元は以前よりも圧倒的に増えている。
というのが、新刊書評をめぐる事情であるから、刊行後2年も3年もたった本は紹介できない。しかし、いちばん困るのは4か月とか5か月くらいたった本だ。というのは、刊行数年もたてば、その作家の次の作品が出てくるもので、そちらの新刊にあわせて旧刊も紹介してしまえばいい。ところが、4か月とか5か月くらいたった本だと、まだ次の新作も出てこないからその数か月前の本を紹介する理由がない。

というわけで、福澤徹三『灰色の犬』(光文社)だ。奥付記載の発行日は、2013年9月20日。すぐ読まなくちゃなあと思いながら、なかなか読めず、ようやく手に取ったのが2014年2月末。なんと5か月後である。いまごろ読んでも新刊書評を書くことが出来ないのに5か月後に読む決心がついたのは、たまたまぽかっと時間が空いたことと、この作家のファンでこの長編が気になっていたこと、そういうときのためにこのコラムがあること・・・・・・そういう幾つものことが重なったからである。
福澤徹三はホラー小説を書いてデビューした作家で、怪談作家として独自の地位を築いたものの、アウトロー小説を書いても絶品。北九州の夜の青春を描いた『真夜中の金魚』、大藪春彦賞を2008年に受賞した『すじぼり』と、こちらのジャンルにも傑作が多い。
『灰色の犬』には「衝撃の警察小説」と惹句がついているが、「冤罪で追いつめられた警察官の父。職を失い、多重債務に苦しむ息子。組織から見放された暴力団幹部。三人の人生が崩壊しかけていた」という帯コピーから類推すると、『真夜中の金魚』『すじぼり』の路線だろう。福澤徹三が普通の警察小説を書くわけがない。だから読みたかったのだが、その予想通り、いやあ面白かった。
福澤徹三はいつも人物造形が絶妙で、驚くほど丁寧だ。だから、よくある話だよなあとは思っても、まるで初めて読む話であるかのような気がしてくる。たとえば本書に、夜の世界に生きる綾乃という女性が登場する。わき役だ。登場シーンは少ない。ところが福澤徹三は、こういう点景にすぎない人物を印象深く描くのである。だから物語がきりりと引き締まる。警察官の誠一と、暴力団幹部の刀根。この二人の複雑な腐れ縁的友情の風景が本書の中心で、そこに誠一の息子遼平が絡んでくるのが本筋だが、綾乃のようなわき役の造形にこそ、この作家のうまさはある。早く読めばよかったと、うなだれるのである。

<作品紹介>
『灰色の犬』
福澤徹三著 光文社
2,000円(税抜) 2013年9月刊

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