Web音遊人(みゅーじん)

連載3[ジャズ事始め]ジャズが芽生えるための土台は黒船がもたらしてくれた?

前回、神奈川の久里浜に上陸した黒船の音楽隊が「ヤンキードゥードゥル」を演奏したことに触れた。1853年7月14日の出来事だ。

上陸の許可を出したのは、病床の第12代将軍・徳川家慶に代わって対応した、老中首座の阿部正弘。

黒船は、一部の国にしか交易ルートを開放していなかった徳川幕府に対して、アメリカ合衆国が通商を迫るために派遣したもの。ちなみに、当時、日本と国交があったのは、朝鮮国(現在の=以下同様=大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国)、琉球王国(沖縄県)、清朝(中華人民共和国)、ネーデルラント連邦共和国(オランダ王国)のみだった。

アメリカの言い分は、限られた国にしか交易ができる権利を与えていないのは不平等であるというもので、米大統領の親書を携えてその解消、すなわち開国を迫ろうとした。

もちろん、穏便な話し合いによって折り合いを付けるのが望ましいのだろうけれど、それ以前の再三にわたるアメリカからの打診を幕府が断っていた(あるいは無視していた)こともあり、艦船を率いた海軍代将のマシュー・カルブレイス・ペリーは「武力解決もやむなし」との心づもりだったようだ。

さて、幕末史はひとまずおいて、武力行使もあり得た通商交渉団に、なぜ音楽隊が随行していたのかを考えてみよう。

実は、自軍の戦意高揚と敵軍への威嚇効果のひとつとして楽隊の演奏があることは、メフテルと呼ばれたオスマン帝国軍の軍楽隊によってすでに知られていた。

16世紀から17世紀にかけて、オスマン帝国が2回にわたりオーストリアの都・ウィーンを包囲(第1次・第2次ウィーン包囲)した際にも随行した軍楽隊メフテル。18世紀になって、その旋律がヨーロッパで流行することになる。

その影響を受けたと言われるモーツァルトのピアノソナタ第11番第3楽章「トルコ行進曲」は18世紀後半、ベートーヴェンの「アテネの廃墟」第4曲「トルコ行進曲」は19世紀初頭に作られている。

一方、西欧列強は、ラッパや太鼓で構成される威圧的な音響効果に着目し、制服で整然と行進する軍隊とともに、盟主の威信を示すものとして軍楽を活用するようになる。

ペリーはこうした前例を踏襲し、久里浜上陸時にはアメリカ国歌とともに、流行の「ヤンキードゥードゥル」もその威嚇効果を踏まえて演奏したものと考えられる。

日本もその圧倒的なリズムと音色に魅せられ、効果に気づいた幕府が長崎に伝習所(=養成所)を設置して、オランダ式の軍楽(蘭式太鼓)を習得できるようにしている。

また、開国後の1863年以降は、居留地として定められた横浜を防衛するために来日したイギリス軍やフランス軍によって、それぞれのスタイルの軍楽が日本にもたらされる。

伝習所で教えていたオランダ式は太鼓信号のみであったのに対して、イギリス式にはラッパも加わっており、これを薩摩藩が採用。後の明治政府では、海軍に引き継がれることになる。

一方のフランス式はラッパ信号のみを用いるもので、幕府のほか長州藩で採用され、こちらは陸軍が引き継いだ。

この時点ではまだジャズとの関係は見えてこないのだけれど、この軍楽に携わった人たちが、実は明治期の日本のポピュラー音楽において重要な役割を担うようになることは容易に想像できるだろう。

そして、こうした土台があったからこそ、日本では一気にジャズが開花したに違いない。

次回は、なんとか「日本のジャズの開花」にたどり着きたい……。

参考:『ブラスバンドの社会史 軍楽隊から歌伴へ』(阿部勘一、細川周平、塚原康子、東谷護、高澤智昌)青弓社、2001年

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

Web音遊人 - 牛田智大さん

今月の音遊人

今月の音遊人:牛田智大さん「ピアノの練習をしなさい、と言われたことは一度もないんです」

65950views

音楽ライターの眼

作曲と演奏という相反する力学から見たジャズとクラシック

5661views

ヤマハギター50周年を機にアコースティックギターのFG/FSシリーズがフルモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギターFG/FSシリーズがフルモデルチェンジ

19770views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

23123views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

5416views

オトノ仕事人

歌、芝居、踊りを音楽でひとつに束ねる司令塔/ミュージカル指揮者・音楽監督の仕事

3281views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

14511views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7706views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13189views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1868views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7253views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10373views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

12908views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22910views

神保彰 ワンマンオーケストラ - Web音遊人

音楽ライターの眼

たったひとりで聴かせる驚異のオーケストラマジックに、聴衆は釘づけ!/神保彰 ワンマンオーケストラ2017 ~GINZA DE JIMBO~

10668views

カッティング・エンジニア

オトノ仕事人

レコードの生命線である音溝を刻む専門家/カッティング・エンジニアの仕事

3490views

われら音遊人

われら音遊人:ただ今、バンド活動リハビリ中!

8134views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

すぐに音を出せて、自由に演奏できる。管楽器の楽しみを多くの人に

14356views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

7062views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8678views

ヤマハ製アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぶ、ヤマハ製アコースティックギター

11536views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9056views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10373views