Web音遊人(みゅーじん)

フラメンコ・プログレを代表するカルメンの3作品が2020年リマスター&紙ジャケット仕様CDで復刻

1970年代にフラメンコとプログレッシヴ・ロックを融合させたサウンドで人気を博したバンド、その名もカルメンのアルバム3作が紙ジャケット仕様、2020年リマスター盤で再発され、新たな注目を浴びている。

1970年、ギタリストのデヴィッド・クラーク・アレンと妹アンジェラを中心にロサンゼルスで結成。「イエスの繊細さとミュージシャンシップとレッド・ツェッペリンのパワーにフラメンコを加えた」とデヴィッドが語る音楽性とフラメンコのステップをフィーチュアしたライヴは地元で人気を博したが、あまりに斬新なスタイルゆえに各レコード会社は二の足を踏む。それでデヴィッドは「アメリカよりイギリスの方が新しいアイディアに対してオープンだ!」と、渡英を決意した。

彼らにとって転機となったのは、トニー・ヴィスコンティとの出会いだった。デヴィッド・ボウイやTレックス、シン・リジィなどの作品を手がけた名プロデューサーとして知られるヴィスコンティだが、バンドの演奏を聴いて「はたして自分にプロデュース出来るのか?」と苦悩したが、結局首を縦に振った。

1973年に発表されたファースト・アルバム『宇宙の血と砂 / Fandangos In Space』はフラメンコとプログレッシヴ・ロックが妥協することなくぶつかり合う大胆なクロスオーヴァー作品であり、その独創性あふれるサウンドは今日聴いてもスリリングだ。特に3部構成の『ブレーリアス』とタイトル曲『宇宙の血と砂』はロックと実験性のマリアージュの成功例として、2年後に発表されるクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』に比するものである。ちなみにカルメンはクイーンと同じPR担当(トニー・ブレインズビー)を雇っていたことで面識があったが、カルメンが影響を与えたのでは? という可能性についてデヴィッドはやんわりと否定。「当時は誰もが音楽の境界線を拡げようとしていた。たまたま似た方向に向かっただけ」と語っている。

『宇宙の血と砂』を聴いて魅了されたのがデヴィッド・ボウイだった。彼は自分がプロデュースするTVスペシャル『1980フロアー・ショウ』にゲストとしてカルメンを起用。この番組でのライヴはバンド唯一の映像であり、現在ではデヴィッドのYouTubeチャンネルで見ることが出来る。2曲のみの出演だったが曲の良さ、演奏力の高さ、曲中のフラメンコ・ダンスと、バンドの魅力を捉えた内容だ。


Carmen Bulerias

セールス的に成功したわけではない『宇宙の血と砂』だが、時代を超えて聴き継がれ、2015年には米“ローリング・ストーン”誌の“プログレッシヴ・ロック名盤50選”の一枚にピックアップされている。

バンドは間を置くことなく、再びヴィスコンティをプロデューサーに迎えて1974年にセカンド・アルバム『舞姫〜スペインの恋物語 / Dancing On A Cold Wind』を発表する。エッジを増した『私のセヴィーリャ / Viva Mi Sevilla』やアナログ盤B面すべてを使った組曲『回想(スペインの恋物語) / Remembrances』など起伏に富んだ作品で、アレンジやハーモニーも入り組んでいるが、驚くことに大半の曲はスタジオで書いたもので、ほとんど一発録りだったという。

1975年初めにはジェスロ・タルの北米ツアーのサポートとして同行するなど、成功への階段を上りつつあったかと思えたカルメンだが、アルバムの売れ行きは伸び悩み、長期のツアーでの経費もかさむなど、金銭的には火の車だった。そのせいでザ・ローリング・ストーンズのツアー・サポートの話はなくなり、ヴィスコンティと離れることを余儀なくされるなど、さまざまな苦難に見舞われることになる。だが彼らは1975年、3作目のアルバム『ジプシーの涙 / The Gypsies』を発表。ツアー直後にスタジオ入りして、よりロックなノリを重視しているが、ドラマーのポール・フェントンが落馬して脚を骨折したため、バスドラムが入っていない曲もある。本作はアメリカ原盤で発売されたが、やはりセールスは振るわず、バンドは解散した。

デヴィッドは現在でもロンドンを拠点に音楽活動を続けており、より自分のチカーノ(メキシコ系アメリカ人)のルーツに根差した作品を発表している。アンジェラは音楽から身を退き、ロサンゼルスで主婦をやっている。ドラマーのポールは1999年、“ミッキー・フィンズ・Tレックス”の一員として来日した。デヴィッドはカルメン時代をこう思い出す。
「若さ、タイミング、正しいメンバー、運……マジックな時代だった。デヴィッド・ボウイやクイーンのロジャー・テイラーと親しくなって、マーク・ボランがラリって椅子から転がり落ちるのも見た。今でも、当時の作品が日本で再発されている。苦労もしたけど、当時を思い出すと今でも笑みがこぼれるよ」

■インフォメーション

『宇宙の血と砂』

発売元:マーキー/ベル・アンティーク
価格:3,143円(税抜)

『舞姫〜スペインの恋物語』

発売元:マーキー/ベル・アンティーク
価格:3,143円(税抜)

『ジプシーの涙』

発売元:マーキー/ベル・アンティーク
価格:3,143円(税抜)
日本公式レーベル・サイト
デヴィッド・クラーク・アレン公式サイト

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人 小沼ようすけ

今月の音遊人

今月の音遊人:小沼ようすけさん「本気で挑まなければ音楽の快感と至福は得られない」

24043views

ロニー・モントローズの最後のアルバム『10x10』が遂に発売

音楽ライターの眼

ロニー・モントローズの最後のアルバム『10X10』が遂に発売

7655views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

9351views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

137016views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

10677views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

思い描く声が出せたときの感動を分かち合いたい/ボイストレーナーの仕事(後編)

10169views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

15309views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8748views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

27472views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

7935views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

6070views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28210views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

12073views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9616views

音楽ライターの眼

イタリアン・シネマチック・ファンク・バンド、カリブロ35が新作アルバム『モーメンタム』を発表

3540views

ホールのクラシック公演を企画して地域の文化に貢献する/音楽学芸員の仕事

オトノ仕事人

アーティストとお客様とをマッチングさせ、コンサートという形で幸福な時間を演出する/音楽学芸員の仕事

13848views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2839views

CLP-800シリーズ

楽器探訪 Anothertake

グランドピアノの演奏体験を全身で感じられる電子ピアノ── クラビノーバ「CLP-800シリーズ」

3625views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

11495views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7940views

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

楽器のあれこれQ&A

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

41994views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

6493views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11813views