今月の音遊人
今月の音遊人:甲田まひるさん「すべての活動の土台は音楽。それなしでは表現にはなりません」
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詩情豊かに初々しい定番曲/ダニエル・シュー ピアノ・リサイタル
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2022.11.16
秋の紅葉が年ごと新たに人々を魅了するように、定番曲が詩情豊かに初々しく鳴る。シューマン、ベートーヴェン、リストの名曲に新風を送り込むのは、奇をてらった演奏ではなく、作曲家の創意への飽くなき探究である。1997年米カリフォルニア州生まれの若いピアニストは、作曲家の魂の降臨を全身全霊で迎え入れ、豊かな表現を獲得する。2022年10月29日、ヤマハホールで開かれた「ダニエル・シュー ピアノ・リサイタル」。偉大な音楽の紅葉が深まりゆき、小さい秋をいくつも見つけた。
ダニエル・シューは8歳でオーケストラと共演デビュー、9歳でリサイタル・デビューし、10歳でカーティス音楽院に入学したという早熟の人。2015年浜松と17年ヴァン・クライバーンの2つの国際ピアノコンクールで第3位に入賞。高度の技巧と深みのある表現に定評があり、米国の新星として注目されている。尖った個性を予想していたが、演奏は作品に真正面から向き合い、正攻法で本質に迫るものだった。
まずシューマンの『子供の情景 作品15』。遅めのテンポで第1曲『見知らぬ国々と人々について』が始まった。小さな音の一つひとつを神経質ではなく、柔らかいタッチで滑らかに紡いでいく。いつしか聴き手は優しい情感に惹き込まれ、異国の地にいることに気づく。子供心が描くおとぎの国の情景だ。何度も聴いた曲なのに、詩のポエジーを理解したときのように、新鮮な味わいが広がる。ほの暗い短調が浮かび上がる中間部は、無垢な子供の小さな感傷のように切ない。
優しい演奏が続くかと思ったら、第3曲『鬼ごっこ』では一転してヴィルトゥオーゾ風に激しくなった。確かに速い曲だが、軽快に弾く人も多い。超絶技巧を見せるほどの難曲ではないが、子供たちの鬼ごっこへの熱中ぶりを表そうとしたか。荒々しくとも、すべての音が太いゴシック体のようにがっしりと正確に刻まれたのは驚きだ。最も有名な第7曲『トロイメライ(夢想)』では柔和な詩情で静かな時間を再び満たした。
続いてベートーヴェンの『ピアノ・ソナタ第31番変イ長調 作品110』。第1楽章は夢見るスキャットとも呼ぶべき軽やかさだ。第2楽章では強弱の幅を大きく取って力強く弾いた。白眉は最後の第3楽章。『嘆きの歌』の下降する旋律を、渾身の集中力を持って弾き、身に染みる哀しみを歌った。音程も音量も上昇していく終結部のフーガは力強かったが、哀愁から歓喜にも似た達観へと至る内面のドラマは、もう少し細やかに描いてもよかった。
後半はリストの大作『ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178』。またしても力強いタッチで音符の隅々までしっかり響き渡らせる。時おり浮かび上がる美しい旋律は十分に歌わせて、静と動の対照も鮮やかだ。頑丈な音の城塞を築いたが、強い音が密な場面では響きの混濁もあった。
アンコールはリスト編曲のシューマン『献呈』。旋律と内声の織りなす美をしなやかに描く。思慮深い解釈と誠実な演奏に若い才能の可能性を感じた。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社メディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Ayumi Kakamu
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tagged: ヤマハホール, 音楽ライターの眼, ダニエル・シュー
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