Web音遊人(みゅーじん)

連載30[ジャズ事始め]渡辺貞夫『ジャズ&ボッサ』はA面とB面を別作品に仕立てた戦略的な意見表明だった

スマートフォンとワイヤレスイヤフォンがあれば音楽を楽しむことができる時代になって、本当によかったと思っている。

入学祝いで買ってもらったウォークマン(2号機)で音楽を聴きながら大学へ通うのが嬉しかったことを懐かしく思い出すのだけれど、あのころはLPレコードなどの音源を外へ持ち出すためには家でカセットデッキを使ってテープへダビングするという手間が必要だったので、聴きたいと思った曲も気軽に再生できる状況ではなかった。

ソノシート、ドーナツ盤、LP、カセットテープ、CD、MD……と、音源形態に関してもいろいろと付き合ってきて、その汎用性のなさゆえに過去へ戻りたいとは思わないのだけれど、それでもA面とB面があるLPのメリットだけは、アルバムという作品性を考えると、デジタルやオンラインの利便性も及ばないのではないかと思ったりしている。

そんなことを考えさせられたのも、渡辺貞夫の『ジャズ&ボッサ』を改めて聴き直したからに違いない。

1966年11月と12月に録音されたこのアルバム、発表された音源形態はもちろんLPで、A面にジャズ、B面にボサノヴァと、聴き心地の違うサウンドが分けて収められているのだ。

レコードのA面とB面について補足説明をしなければならない時代かもしれないので手っ取り早く言えば、11曲収録されているこのアルバムの場合、1曲目から4曲目まで(A面)を聴き終えたら5曲目から11曲目まで(B面)を聴くために、一度レコード盤をひっくり返してプレイヤーにセットし直す──という手間が必要になる。

そう、そこでリスナーの集中力が切れる可能性が大きいことが、レコードという音源形態のメリットでもありデメリットでもあったというわけ。

実際にボクも、片面しか聴いていないレコードがけっこうあったりしたっけ。ジャズ喫茶で再生されるのも片面だけというのが定着していたはずだ。

こうした消費者行動はもちろん制作者側も把握していたはずだから、『ジャズ&ボッサ』がA面とB面をキッチリと分けて1枚にしたというのは、おそらく意図的──A面の音楽とB面の音楽が異なることを承知で(それをあえて意識して)聴いてもらいたいという意志がこめられていのではないか。

では、どんな意志なのか。

前々稿(#28)で、「帰国するや否や、まさに荷を解く暇もなく、彼は精力的に日本での活動を開始」したと、渡辺貞夫が矢継ぎ早にレコーディングに臨んだことを指摘したが、このアルバムは帰国から1年ですでに3枚目というハイペースで制作されたもの。

その性急さは、「早く本題に入りたい」という渡辺貞夫の気持ちの表われだったと読み解くことができるのではないだろうか。

その“本題”こそが、ニューヨークでジャズを体験してきた日本人である渡辺貞夫が“めざすべき音楽”であり、その方向性にヒントを与えてくれたボサノヴァというブラジル・アレンジされたジャズだった──という仮説を、次回以降に説明していきたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:下野竜也さん「自分を楽しく表現できれば、誰でも『音で遊ぶ人』になれると思います」

4822views

音楽ライターの眼

クラシック・キャラバン2021 クラシック音楽が世界をつなぐ~輝く未来に向けて~コンサート全国ツアーがスタート

2722views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

限りなく高い精度で鍵盤とハンマーの動きを計測するヤマハ独自の自動演奏ピアノの技術

28842views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

32044views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

8995views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

4707views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

10301views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7836views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

26391views

上海ブラスバンド日本支部

われら音遊人

われら音遊人:上海で生まれた縁が続く大家族のようなブラスバンド

3793views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6895views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11759views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12243views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

25015views

2019年4月、エリック・クラプトン来日。アメリカからイギリス、そして日本に流れ込むブルースの潮流

音楽ライターの眼

2019年4月、エリック・クラプトン来日。アメリカからイギリス、そして日本に流れ込むブルースの潮流

14833views

ホールのクラシック公演を企画して地域の文化に貢献する/音楽学芸員の仕事

オトノ仕事人

アーティストとお客様とをマッチングさせ、コンサートという形で幸福な時間を演出する/音楽学芸員の仕事

13784views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

8975views

楽器探訪 Anothertake

新開発の音響システムが表現力のカナメ。管楽器の可能性を広げる「デジタルサックス」

5224views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

11364views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

5266views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

27322views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

16886views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28129views