Web音遊人(みゅーじん)

連載17[多様性とジャズ]プロテスト・ソングらしからぬ音楽性を備えた『フォーバス知事の寓話』

チャールズ・ミンガスのアルバム『ミンガス・アー・アム』収録の『フォーバス知事の寓話(Fables Of Faubus)』は、テナー・サックスとトロンボーンのFから始まるユニゾン、ルート(根音)を力強く叩き出すベースを交えた、8小節のイントロでスタートする※。
※『Fables Of Faubus』のチャールズ・ミンガスによる直筆のトランペット・パート楽譜がアメリカの公民権デジタル・ライブラリにアップされている。

キーはBフラット・メジャー(ト短調)。8個の音符によって構成されるシンプルなリフを3小節目で3度上げて、4小節をもう一度繰り返す。

テーマに入るとリフはそのままに、トランペットによるCの四分音符4連打(とトロンボーンのアンサンブル)から始まるメロディが重なり、このテーマを軸に短いソロを織り交ぜて曲を進めていく。

全体的に音遣いがシンプルで、ブルースのように聞こえるものの(GとBがフラットしているためだろうか?)、コード進行としては“歌もの”すなわちブロードウェイ・ミュージカルのナンバーにも匹敵する工夫が施され、それゆえに曲としての完成度の高さを感じさせる。

歌詞がないこのアルバムのこの曲『フォーバス知事の寓話』をあえて“歌もの”と評したのにはワケがある。実は歌詞があったからなのだ。

どのような歌詞が付いていたのかは、ミンガスが1960年に制作したアルバム『チャールズ・ミンガス・プレゼンツ・チャールズ・ミンガス』に『Original Faubus Fables』というクレジットで収録されているので参照してほしい。

歌詞ありヴァージョンがアルバム『ミンガス・アー・アム』に採用されなかったのは、レコード会社(大手のコロムビア・レコード)が難色を示したからだとされている。通常なら1曲丸々ボツになるところだろうが、先述のとおり曲の完成度が高かったため、歌詞抜きで採用されたのではないかと推測する。タイトルが個人名のままにされたのは謎だが、歌詞がないために名誉毀損にならないと高をくくっていたのか、そうは言っても(フォーバス知事が)全米注目の人物であることから話題性があるとソロバンをはじいての確信犯だったのか、いずれにしてもレコード会社の“英断”だったことは確かだろう。

一方、アルバム『チャールズ・ミンガス・プレゼンツ・チャールズ・ミンガス』は、1960年にニューヨークで設立されたインディペンデント・レーベル“キャンディッド”からリリースされた。このレーベル、著名なジャズ・ライターにして公民権運動活動家だったナット・ヘントフがディレクターを務めたことから、そのラインアップには1960年代初頭の公民権運動を音楽によって成功させんとした軌跡が刻まれており、このアルバムもその気概の一翼を担うものとなっている。

歌詞は単純ながら激しいもので、なるほどこれははばかられると思いながらも、リズミックで韻を踏み、まるでラップを先取りしたような完成度の高さを含めて、改めて評価すべき内容なのである。テッド・カーソン(トランペット)とエリック・ドルフィー(アルト・サックス)によるインプロヴィゼーションを交えた演奏も圧巻で、ぜひこの2つのヴァージョンを聴き比べていただきたい。

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:石丸幹二さん「ジェシー・ノーマンのような表現者になりたい!という思いで歌の世界へ」

11559views

過激でオシャレ!デスコアのすべてがわかる『デスコアガイドブック』刊行

音楽ライターの眼

過激でオシャレ!デスコアのすべてがわかる『デスコアガイドブック』刊行

8305views

練習用のバイオリンとして進化する機能と、守り続けるデザイン

楽器探訪 Anothertake

進化する機能と、守り続けるデザイン

5354views

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

楽器のあれこれQ&A

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

39327views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

11794views

佐藤順

オトノ仕事人

劇伴制作の進行管理や演奏シーンの撮影をサポートする/映画等の劇伴制作をプロデュースする仕事

4113views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

21823views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11096views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14273views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

7385views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

6028views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31098views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

11893views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13259views

音楽ライターの眼

現代ブルースを担うギタリスト、ティンズリー・エリスがニュー・アルバム『Devil May Care』を発表

4119views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

2896views

AOSABA

われら音遊人

われら音遊人:大所帯で人も音も自由、そこが面白い!

11901views

楽器探訪 Anothertake

バンドメンバーになった気分でアンサンブルを楽しめるクラビノーバ「CVP-800シリーズ」

7546views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

12175views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6945views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

126441views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9137views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10460views