今月の音遊人
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今月の音遊人:前橋汀子さん「同じ曲を何千回、何万回演奏しても、つねに新しい発見や見え方があるのです」
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2022.10.3
2022年に演奏活動60周年を迎えるバイオリニストの前橋汀子さん。5歳からバイオリンとともに人生を歩み、今なお、「つねに作品や演奏についての思いが頭から離れず、日々の生活そのもの」という前橋さんに、ご自身の音楽観を伺った。
バッハの『無伴奏バイオリンソナタとパルティータ』の6曲です。バイオリンという楽器が単独で表現し得る限りのあらゆる技巧、そして、音楽的な意図がバッハ独自の様式の中で凝縮された作品です。「よくぞこれほどの偉大な創作を遺してくれた」と思わずにはいられないですね。
私自身、家で練習する際は、最初に必ずこの作品集の中から、どこかの楽章を弾くようにしています。私の中での長年にわたる演奏前の“楽器への挨拶”のようなものです。もう何十年もこうして弾き続けていますから、間違いなく何千回、何万回にもなっていると思います。
5歳からバイオリンに関わっていますので、私にとって音楽は日々の生活そのものです。今でこそ、オンとオフでの気持ちの切り替えも上手くできるようになりましたが、次に演奏する作品のことが頭から離れないのは、今も昔も変わらないですね。
演奏家というのは作曲家の書いた記号を通して、「いかに彼らの意図を汲み取れるか」という点において、つねに挑戦し続けています。しかし、私の中で「音楽を奏でる」ということは、音、そして、音楽に関わる事柄を通して生まれ出るあらゆるコミュニケーションそのもののかたちなのだと思います。
例えば、私自身がバッハやベートヴェンを育んだ土地に立ち、彼らが覚えたであろう内なる思いを感じた時、やはり自らの内面とも対話(コミュニケーション)しているわけです。もとをたどれば、私が多くの人々に巡り合えたのも、様々な国や土地でその場所ならではの空気感を体験できたのも、すべてバイオリンと出合って音楽を演奏し続けてきたからこそ実現したのです。これもまた、音楽を通してのコミュニケーションの一つのかたちです。そして、最終的には、こうした様々な事柄を通して生まれた私自身の思いや印象、体験のすべてを、バイオリンが奏でる音を通して皆様に発信しているのだと強く感じています。
先ほどもバッハの作品についてお話しましたが、たとえ何千回、何万回、同じ曲を演奏したとしても、つねに新たな発見や見え方があるのです。それは、例えば指使いだったり弓使いであったりするのですが、一回一回、必ず“気づき”というものがあります。むしろ、そのような体験に挑戦し続けているのかもしれませんが、単に同じ曲だから、「また、もう一度弾く」という思いで演奏することは絶対にないんです。
そのような意味でも、私にとっては、音楽は「楽しむ」「戯れる」ものというよりも、一回一回の真剣勝負であって、音楽を演奏し続けるということに、むしろ「厳しい、つらい」という側面を感じているのかもしれません。ただ、私の中では体力も、気力も続く限りは、このような「新たな出合い」をもう少し続けていきたいと思っています。
前橋汀子〔まえはし・ていこ〕
5歳からバイオリンを学び、桐朋学園高校を経て、17歳で旧ソ連国立レニングラード音楽院(現サンクトペテルブルク音楽院)に日本人初の留学生として学ぶ。ニューヨーク・カーネギーホールでのデビュー後、国内外で活発な演奏活動を展開し、ベルリン・フィルを始めとする世界一流の音楽家たちと数多くの共演を重ねる。2004年日本芸術院賞、11年春に紫綬褒章、17年春に旭日小綬章を受章。
オフィシャルサイト
文/ 朝岡久美子
photo/ 篠山紀信
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