Web音遊人(みゅーじん)

連載47[ジャズ事始め]プラザ合意という国際政治経済の転換点がアジア発のジャズを生み出した!?

ジャズが“20世紀を象徴する表現芸術”と言われるまでになった背景は、世界経済がアメリカを中心に動くようになったこと抜きには語れないと思う。

ある意味で、好景気による熱狂がスウィングの需要を高め、その反動としてビバップを生み出し、20世紀前半という“新時代”のなかでジャズと総称されるようになったその両者。それらにマーケティング戦略の一翼を担わせ、世界へ輸出していったことが、「ジャズ=20世紀の象徴」というイメージづくりに大きく影響していると考えるからだ。

“マーケティング戦略の一翼を担う”とは、例えば映画音楽や流行曲にジャズの要素が使われることを指すわけだけれど、1776年の独立宣言によって“建国”した歴史の浅いアメリカ合衆国にとって、南北戦争(1861~1865年)を経て統一された国家のなかで生まれ育った、ようやくオリジナリティを主張できる文化がジャズであったといっても過言ではなく、いわゆるアンバサダー(=文化使節役)としての重責を負わされてもむべなるかな、だったのだろう。

1960年代にはイギリス発のロックの大波が来襲、アメリカにおけるジャズの存在感も薄れた時期はあったものの、建国200年の1976年にはホワイトハウスでジャズ演奏が企画されるといった再評価によって、ジャズは単なる流行音楽とは別格の地位にあることを公的にも認められることになる。

一方で日本では、第二次世界大戦前からジャズを無条件に受け容れ、戦後(特に1950年代)はブームにすらなったのは、本連載でも触れた。

ただし、そのブームはあくまでも“アメリカのジャズを手本”としたものであり、日本発のジャズ・オリジナリティを模索することに対する“逆風の歴史”であったことを掘り起こしてきたつもりだ。

この“逆風”の大きな要因として、経済的な主従関係があることを無視することはできないと思っている。

アメリカの経済力に影が射したと言われる1970年代、敗戦後の荒廃からの復興を果たしていた日本は、いざなぎ景気(1965~1970年)による好況で、アメリカなど先進国を脅かす存在になっていた。

これに対して先進国は、変動相場制への移行で対抗。1971年から段階的に円のレートが切り上げられたことで、輸出産業が支えていた日本経済は大打撃を被った。1985年のプラザ合意で決まった、ドル高是正のための各国による協調介入がダメ押しと思われたが、急速に進行する円高への対策として日銀が公定歩合の引き下げを繰り返し、政府による積極財政も展開された結果、景気が拡大。株価や地価など資産価格が急騰し、日本経済はバブル景気に沸くことになった。

日本の好況は、生産拠点のアジア移転を促し、それによって東南アジアにも好景気をもたらしたのだが、エイジアン・ファンタジィ・オーケストラの活動は、この時期にほぼ重なる。これが、“経済的な要因が影響している”とする理由である。

こうしたシンクロが浮かび上がってきたことが、エイジアン・ファンタジィ・オーケストラのような存在をして、ジャズの主従をひっくり返そうとする動きと連動しているのではないかと考えさせたことになるわけだ。

日本ではこのほかに、“ジャズ維新”と名付けられたムーヴメントも1990年代初頭に起きていた。こちらは、その音楽スタイルをアメリカのそれに準拠しようとする傾向が強かったため、新たな日本発(あるいはアジア発)のジャズという文脈には至らなかったと考えている。

ということで次回は、この時期のアジア発ジャズというムーヴメントに関係していそうなイヴェントについて、もう少し触れてみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人 横山剣

今月の音遊人

今月の音遊人:横山剣さん「音楽には、癒やしよりも刺激や興奮を求めているのかも」

8389views

音楽ライターの眼

ジェフ・ベックとレミー・キルミスター(モーターヘッド)、1986年の“幻”の共演

6539views

【楽器探訪 Another Take】人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

11570views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

23439views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7700views

オトノ仕事人

テレビ番組の映像にBGMや効果音をつけて演出をする音の専門家/音響効果の仕事

2316views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

4960views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3056views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11264views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

9596views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6059views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29858views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9628views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

30599views

安倍圭子傘寿記念演奏会

音楽ライターの眼

マリンバから生まれる多彩な音と可能性を堪能、多くの奏者が集った記念コンサート/安倍圭子 傘寿記念演奏会

5700views

打楽器の即興演奏を楽しむドラムサークルの普及に努める/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

オトノ仕事人

一期一会の音楽を生み出すガイド役/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

14998views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

9425views

楽器探訪 Anothertake

ピアノならではのシンプルで美しいデザインと、最新のデジタル技術を両立

6620views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

17782views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5310views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

2989views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7433views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9944views