Web音遊人(みゅーじん)

没後100年の巨匠に捧げた寸分の隙もない妙技と新境地の数々/カリスマ・バイオリニスト、石田泰尚×10人のヴィルトゥオーゾによるアンサンブル『動物の謝肉祭』

2021年は近代フランスの巨匠サン=サーンス(1835~1921)の没後100年。J.S.バッハやベートーヴェンなどのドイツ人作曲家に影響を受けた彼の精密かつ明晰な作風は、母国のエレガントな音楽とマリアージュすることで唯一無二の傑作を数多く生み出すことに成功した。そんな業績を顕彰する注目の公演を聴いた。

主宰者は、バイオリニストの石田泰尚。神奈川フィルや京都市響のコンサートマスターを務め、現在は自身の弦楽アンサンブル「石田組」などでも輝くカリスマだ。今回はそんな彼が信頼を寄せる10人の名手と共に4つの作品を披露してくれた。

前半の幕開けは、石田&安宅薫(ピアノ)の『死の舞踏』。詩人カザリスの幻想的な詩を題材にした交響詩で、真夜中に始まった骸骨たちの舞踏会が次第に盛り上がるも、暁の鶏の鳴き声が響くと墓穴に逃げ去る様子が描かれている。石田はこの夜、実によく弾き込んだと思われる冷徹な妙技を展開。緩急をさほどつけず、一気呵成に駆け抜ける死神には凄みがあり、この作品の恐ろしさに新たな角度から迫ることに成功していたと思う。

続くクラリネット・ソナタは、名古屋フィルの首席クラリネット奏者ロバート・ボルショスと石岡久乃(ピアノ)のデュオだったが、こちらも知的で見通しのよい解釈が秀逸。4つの楽章に自分の人生を重ねたと言われる最晩年の傑作を、深く澄んだ音色とキメ細やかな超絶技巧で一筆書きのように描き切り、終演後のコメントで、「生涯吹き続けていきたい」と語っていたのも印象的だった。

この後、前半最後に演奏されたのが、石田、塩田脩(バイオリン)、中村洋乃理(ビオラ)、西谷牧人(チェロ)の「石田組」メンバーが弾く弦楽四重奏曲第1番。演奏機会が稀で、石田たちも今回が初演奏とのことだったが、実演は長年愛奏してきたような充実の極み。大バイオリニストのイザイに捧げられたこともあり、第1バイオリンが全編に渡り活躍するのが特徴だが、彼らはソロと伴奏の協奏曲ではなく、あくまでも4人が対等に対話する室内楽として織り上げてみせる。結果として、作品の魅力である後期ロマン派的な耽美的な情緒と、ドイツ風の骨太な骨格がみごとに浮かび上がっていたのが素晴らしかった。

そして、休憩を挟んだ後半にトリを飾ったのが、上記6人に米長幸一(コントラバス)、瀧本美織(フルート)、服部恵(グロッケンシュピール)、関聡(シロフォン)を加えた組曲『動物の謝肉祭』。私的演奏会のために書かれた全14曲からなるが、大半がパロディだったことから、作曲者の生前には第13曲『白鳥』以外の演奏が許されなかったという。この夜の10人は名手揃いだったこともあり、各曲のウイットやユーモアに絶妙なバランス感覚でスポットライトをあててゆく。中でも、最大のパロディである第12曲『化石』から、エレガントな『白鳥』、第14曲『終曲』の大団円へと繋げていく際の序破急が圧巻で、満場の聴き手が「これぞ石田節!」と唸らずにはいられない、寸分の隙もない切れ味と充実のひとときに酔いしれていた。

 

渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。

photo/ Ayumi Kakamu

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

八代亜紀さん

今月の音遊人

今月の音遊人:八代亜紀さん「人間だって動物だって、音楽がないと生きていけないと思います」

10854views

音楽ライターの眼

生誕250年のメモリアルイヤーに、ベートーヴェンの《第9》を改めて聴き直したい

3092views

NU1XA

楽器探訪 Anothertake

アコースティックピアノを演奏する喜びをもっと身近に。アバングランド「NU1XA」

3677views

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ

楽器のあれこれQ&A

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ機種

27996views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

14067views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

9193views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

9453views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

10556views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20780views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

10091views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6341views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32306views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

12326views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

15744views

音楽ライターの眼

演奏もお喋りも満載!清塚信也が初の生配信ライブ/清塚信也Xタイム online LIVE

5347views

打楽器の即興演奏を楽しむドラムサークルの普及に努める/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

オトノ仕事人

一期一会の音楽を生み出すガイド役/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

15899views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

6260views

reface

楽器探訪 Anothertake

コンパクトなボディに優れた操作性が溶け込んだデザイン

6472views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

12772views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6341views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

22476views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6587views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32306views