Web音遊人(みゅーじん)

今月の音遊人:山田和樹さん「エルヴィス・プレスリーのクリスマスソングから『8割の美学』というものを学びました」

世界各国206の国歌を現地語でレコーディングするという“アンセム・プロジェクト”を2017年に始動し、その結晶であるアルバムを2021年にリリースした山田和樹さん。名実ともに日本を代表する人気マエストロが考える「音楽」について、お聞きした。

Q1.これまでの人生の中で一番多く聴いた曲は何ですか?

繰り返し聴いているのが、プレスリーの歌ったクリスマスソング『Here Comes Santa Claus』(邦題:サンタクロースがやってくる)ですね。歌声の魅力、甘く囁きかけるような歌いまわし、絶対的な音楽性とリズム感、すべてが備わっています。出会いは高校生のとき。クリスマスプレゼントで彼女に贈ったCDに入っていた1曲で、あまりにもいいので自分でも同じCDを買って、ずっと聴いていました。クリスマスの季節じゃなくても、いまでも聴いています。
声を張って歌い上げるイメージの強いプレスリーが、この曲では囁くように歌っていて、それが魅力的だったりする。この世界はいったいなんだろうと、そのとき思いました。そして、僕はそこから「8割の美学」というものを学んだんです。音楽って「全身全霊をかけて力を尽くして、その集中力をもってしても足りないもの」、歌は「きちんと発声して届けなければいけないもの」と思っていたけれど、プレスリーは時には声がかすれたり、力を出し切らずに歌っていたり、だからこそいいんです。
力を残しておくことで、逆にお客さんを惹きつけるという価値観。それを「8割の美学」と自分で命名したんですが、そこから少しリラックスして音楽ができるようになったかなと思います。

Q2.山田さんにとって「音」や「音楽」とは?

指揮者という職業柄、音・音楽は人生そのものです。でも、自分の人生がここになくても、音や音楽は存在する。コロナ禍で考えたのは、音楽活動はできなくなっても音楽は存在する、ということでした。風が吹いて、その風が音をたてて洞窟を吹き抜ければ、綺麗な音を奏でたりするわけです。音楽は人が作り出したもの、というイメージが先行しますが、人間が存在しなかったとしてもそこにあるものですから、音や音楽は自然そのもの、と言えますね。
ある時、自然界には直線がない、ということに気づきました。直線というのは人間が作り出したもので、自然の中には存在しません。海の波にも山の稜線にも直線がないのと同じように、音楽もドだけ、レだけ、ミだけの直線では成立しません。旋律が動くからメロディになり、音楽になるんです。
また、常に一定であるものも、自然界にはありません。人間の鼓動も一定ではなく、実は波打っています。川の水の流れも、滝も一瞬たりとも同じ姿はないですよね。それが音楽なんです。
都会に暮らしていると感覚が薄れてしまいますが、大自然に触れた時、五感が開かれます。音楽も耳を通して五感全部に広がっていく。だから、いい音楽を聴けば、感覚が動いたり広げられたりして感動が呼び起こされる。音楽は本来、そのように五感を開かせてくれるものなのだと思います。

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?

イメージとしてとらえるなら、ゼウス。神の中の神様ですね。神話の中にはミューズやアポロなど、いろいろな芸術の神様がいますが、彼らは音に奉仕している。本当の意味で「音で遊べる人」って、神話の世界にも、われわれ人間の世界にもほぼいないんですよ。ただ、だからこそ「人はみな音遊人である」と言うこともできるかもしれません。
実在する人を直感的にあげるとしたら、ピアニストの藤田真央くんですね。「能動的に音と遊ぶ」ことは、音そのものにしかできません。その点、真央くんは意識的に音と遊ぼうとはせずに遊んでいる、「音、そのものの人」。人はみな、翻弄されるんです。人生にも翻弄されるし、音楽家なら演奏会や曲にも翻弄される。それをのほほんと難なくやっているように見えるのが真央くんなんです。
音遊人になれる人って無垢である人だと思います。誰にも無垢になれる瞬間はあるんですが、真央くんは無垢なままに音と戯れて、音と会話できて、音楽と対話できる。彼は、そんな選ばれた人なんです。でも、基本的に「人はみな音遊人」だと思います。

山田和樹〔やまだ・かずき〕
第51回(2009年)ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。ほどなくBBC交響楽団を指揮してヨーロッパ・デビュー。2012年から2018年までスイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者を務めたほか、2016/17シーズンから、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼音楽監督に就任。2018/2019シーズンから首席客演指揮者を務めるバーミンガム市交響楽団では、2023年4月から首席指揮者兼アーティスティックアドバイザーに就任することが発表された。
日本では、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、読売日本交響楽団首席客演指揮者、東京混声合唱団音楽監督兼理事長、学生時代に創設した横浜シンフォニエッタの音楽監督としても活動している。
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