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連載12[多様性とジャズ]ミンガスは黒人差別というバイアスをジャズで打ち破ろうとしたのか〜その1

チャールズ・ミンガスの日本での評価があまり高くないように感じるのは、やはり彼が“人種差別に反対する活動”に熱心だったことと関係があるのだろう。

1922年に米アリゾナ州で生まれた彼がルイ・アームストロングのバンドで脚光を浴びたのは1943年というから、まだ21歳の若さだったことになる。その2年後からプロとしてレコーディングにも参加するようになり、1952年(つまり30歳のとき)にはレコード会社を設立(妻のセリア・ミンガス、ドラマーのマックス・ローチとの共同設立)。

彼の会社、デビュー・レコードでリリースされた1枚に、『ジャズ・アット・マッセイ・ホール』がある。1953年5月15日、カナダ・トロントのマッセイ・ホールでのステージを収めたもので、メンバーはチャーリー・パーカー(アルト・サックス)、ディジー・ガレスピー(トランペット)、バド・パウエル(ピアノ)、チャールズ・ミンガス(ベース)、マックス・ローチ(ドラムス)という布陣だ。

パーカー、ガレスピー、パウエルというビパップのオリジネーターを招き、彼らとの共演を記録した背景には、白人によって商業的な成功を収めていたジャズのルーツをたどれば黒人の文化のなかで芽生えたものであり、その原点回帰とも呼べるビパップのムーヴメントを生み出してくれたオリジネーターたちへの敬意と感謝を表しておきたいという気持ちがあったのだろう。

同時に、ミンガスとローチ(すなわちデビュー・レコードの責任者である2人)がそれを承継する者であることの“宣言”にもなっていると見て取れる。

ちなみに、パーカーは1920年生まれ、ガレスピーは1917年生まれ、パウエルは1924年生まれと、ミンガスとはほぼ“同年代”ではある(ローチは1924年生まれ)。

とすれば、ビパップからいろいろなヴァリエーションが生み出されて百花繚乱状態になる1950年代にあって、オリジネーターらに“追従”するかのように見えたこのセッションは、実はミンガス(とローチ)がジャズのルーツという“伝家の宝刀”を使って、差別に対抗していくことを示そうとした“のろし”だったのではないか──。

次回もチャールズ・ミンガスの作品を追いながら、黒人差別との闘いのなかでジャズがどのような働きをしていたのかを探ってみたい。

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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