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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#004 東西の人気者たちが合体して誕生したモダンジャズの傑作~『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』編
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2023.1.13
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?
ボクが最初に“リヴィング・レジェンド(Living Legend)”という言葉を知ったのは、アート・ペッパーに対して使われたときだったと思います。
1977年に51歳で初来日したアート・ペッパーを、日本のジャズ・ファンはこの言葉を冠して熱狂的に迎えました。
ビバップの本流(メインストリーム)を生み出した第一世代がほとんど逝去してしまった1970年代後半に、その残り香を失わずに伝えてくれるプレイスタイルに対して払われた敬意と驚き、そして歓びが込められた言葉でした。
1950年代に米西海岸のジャズ・シーンを代表するプレイヤーとして人気を博しながら、麻薬禍で活動をたびたび停止したにもかかわらず復帰を果たしたという彼のアナザーストーリーもまた、日本人の琴線に触れるものだったのでしょう。
本作は、アート・ペッパーをして“リヴィング・レジェンド”と呼ばしめる理由のひとつとなった、1957年制作のアルバムです。
1925年に米カリフォルニア州ロサンゼルス近郊のガーデナで生まれたアート・ペッパーは、20代前半だった1940年代後半から、スタン・ケントン楽団やベニー・カーター楽団といったトップクラスのバンドでアルト・サックスのソロイストとして活躍していました。これは、技量もさることながら、甘いマスクの二枚目だったことが大いに影響していたようです。
1950年代に入ると独立して自己バンドを結成し、人気がさらに増していくのですが、同時に、当時のミュージシャンの多くと同じように麻薬への依存度も増してしまいます。
麻薬禍による最初の収監のあと、アート・ペッパーは精力的にアルバムを制作するようになり、1950年代後半の一連の作品が、“モダンジャズ”と呼ばれるジャズの形式美を反映したものとして高い評価を得ることになりました。
『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』はそのなかの1枚なのですが、タイトルにもあるようにこのアルバムの特徴は“ザ・リズム・セクション”にあります。
スウィングからビバップへとジャズのスタイルがシフトチェンジしていく1940年代、ジャズの2大拠点となっていたニューヨークと(ハリウッドを擁する)ロサンゼルスでは、アプローチに違いが出ていました。
片やニューヨークでは、アドリブを競うことを前面に押し出そうとしたため、それが際立つ小編成のバンドが主流とされます。片やロサンゼルスでは、アレンジによる差別化を効果的に表現するため、ビッグバンドが主流とされるようになったのです。
アート・ペッパーの活動拠点となったロサンゼルス=ウエストコーストではビッグバンドが主流とされ、実際に彼が注目されたのも前述のとおりスタン・ケントン楽団やベニー・カーター楽団といったビッグバンドでした。
しかし、そこでソロイストとして活躍したということは、個人技にも優れていたことを意味します。
個人技を際立たせるメソッドに長けていたのはニューヨーク=イーストコーストのジャズ。そのイーストコーストで随一の人気を誇っていたのがマイルス・デイヴィス・クインテット。
本作に参加しているリズム・セクションは、そのマイルス・デイヴィス・クインテットの面々なのです。
つまり、当時のアメリカを代表する東西のジャズのトップ・プレイヤーたちが集合し、そのプレイスタイルを掛け合わせて生まれた、1950年代ならではのジャズのスタイル=モダンジャズの象徴的なアルバムである──というのが、本作を“名盤”たらしめる所以なのです。
このアルバムの特徴が“ザ・リズム・セクション”にある──というのは、“ザ”を付けてまでこのリズム・セクションの存在をフィーチャーしていることからもうかがえます。
そもそもリズム・セクションとは、ポピュラー・ミュージックの大編成バンドにおいてリズムを担当する、ドラムス、ベース、ピアノ、ギターなどを指す用語です。
1920年代から30年代にかけてアメリカのポピュラー・ミュージック・シーンを席巻したスウィングでは、その編成は主にアンサンブルを担当するホーン・セクションと、リズムを担当するリズム・セクションに大別されることが一般的でした。
ジャズの主流がビバップに移行すると、ビバップのメソッドをアンサンブルに取り入れようとしたビッグバンドに対して、ソロイストとリズム・セクションを組み合わせた小編成バンドが派生し、ウエストコースト・ジャズとイーストコースト・ジャズとして発展することになったというわけです。
この『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』は、外形的には、イーストコースト・ジャズの“ソロイストとリズム・セクションの組み合わせ”という、音楽的ハプニングを期待した“企画もの”です。しかし、ウエストコースト・ジャズで育ったアート・ペッパーのアンサンブルに対するフィーリングと、そのウエストコースト・ジャズに多大な影響を与えたクール・ジャズの生みの親であるマイルス・デイヴィスのサウンドを支える“ザ・リズム・セクション”との邂逅という、ある意味で当時のジャズに不足していた要素を補い合うことを狙った、“名盤”になるべくしてなった作品であると言えるのです。
ジャズはアドリブが命→アドリブは偶然の産物、のように言われることがよくあるようですが、そんな“運頼み”だけで“20世紀最高の表現芸術”と呼ばれるような演奏が記録されることは考えにくいでしょう。
『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』は、ジャズの優位性とされるコード進行やアンサンブルなどの構築性を十分に理解したトップ・ミュージシャンたちだからこそ生み出し得た“名盤”であり、その意味で半世紀以上を過ぎたいまでも、それぞれの楽器の役割など“ジャズのイロハ”を体感するために最適な“教科書”であり続けているということです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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