Web音遊人(みゅーじん)

ヴァン・モリソン

ヴァン・モリソンのスキッフル原点回帰『ムーヴィン・オン・スキッフル』

ヴァン・モリソンの2023年のニュー・アルバム『ムーヴィン・オン・スキッフル』は、77歳を迎えた彼がその原点であるスキッフルを正面から見据えた作品だ。

1964年、北アイルランドのベルファストでゼムを率いて本格プロ・デビュー。それまでダンスホール向けのショーバンド中心だったベルファストの音楽シーンにR&B/ビート・ブームを巻き起こしている。ソロ転向してから、彼は『アストラル・ウィークス』(1968)『ムーンダンス』(1970)などの名盤を発表、アイリッシュの魂の歌い手として世代を超えたリスナー層から支持を得てきた。

近年では映画『ベルファスト』(2021)で彼の楽曲が使われたことも話題を呼んでいる。

原点である1950年代スキッフル・ブーム

2000年からのコロナ禍ではロックダウン政策に反発して『ボーン・トゥ・ビー・フリー』『アズ・アイ・ウォークド・アウト』『ノー・モア・ロックダウン』、さらに賛同したエリック・クラプトンとのコラボレーション曲『スタンド・アンド・デリヴァー』などのメッセージ・ソングを発表するなどして、北アイルランドのスワン保健相から「危険な考え」と批判されたりもしたが、新作では打って変わって、少年時代の彼が聴きふけってきたスキッフルに接近している。

第二次世界大戦後、イギリスでは自国産のジャズが急速に成長。ロンドンのクラブ・シーンで重要な役割を果たしたのがケン・コリアーとクリス・バーバーだった。1950年代の彼らのコンサートは二部あるいは三部構成だったが、休憩中にはギター、ウォッシュボード、洗濯桶などによる演奏が行われている。ブルースやジャズ、カントリー、トラッドなどをごった煮で演奏するそんなインターヴァル・ショーの音楽はスキッフルと呼ばれ、徐々に“本編”のジャズよりも人気を得るように。1956年にはロニー・ドネガンの『ロック・アイランド・ライン』(レッド・ベリーのカヴァー)が大ヒット。1950年代後半、イギリス全土にスキッフル・ブームが到来している。

高度な演奏技術も高価な機材も要さない音楽ということで20年後のパンク・ロックと共通するものがあったスキッフルはワーキング・クラスの若者たちの心を捉え、一時は3万から5万のスキッフル・バンドが存在したというが、その大半は忘れ去られている。その原因はまず彼らのほとんどが既存の楽曲をプレイすることに安住、オリジナル曲を書かなかったことにあった。もし自分の曲を書いたとしても、1970年代と較べるとインディーズ・レーベルがはるかに少なく、レコードを出して多くの人に聴かせ、後世に残すことが出来なかった。1950年代末にはクリフ・リチャードやトミー・スティールなどが台頭、若者たちはより華があるポップやロックンロールに目を向け、スキッフルは急速に廃れていく。

ただ、そんなムーヴメントから巣立っていったのがザ・クオリーメンのジョン・レノンとポール・マッカートニーであり、ザ・スパトニックスのヴァン・モリソンだった。

(ビリー・ブラッグは1957年生まれと、時代的には重ならないものの、研究書『Roots, Radicals and Rockers: How Skiffle Changed the World』を著すなど、スキッフル愛好家として知られている)

アイリッシュ・ソウル・シンガーとして成功を収めたヴァンは1970年代から自らのルーツに立ち返ったスキッフル・アルバムを作ろうと考えていたそうだが、それが遂に実現したのが『ザ・スキッフル・セッションズ』(2000)だった。このライヴ作ではクリス・バーバーとロニー・ドネガンという2人の重鎮を迎え、レッド・ベリー、ウディ・ガスリー、ジミー・ロジャース、ファッツ・ウォーラー、作曲者不明のトラディショナル曲など、往年のスキッフル・グループがライヴ・レパートリーにしていた楽曲をプレイしている。ドクター・ジョンやビッグ・ジム・サリヴァンがゲスト参加しているのも聴きものだ。

ヴァン・モリソン

スキッフル企画物でない“ヴァン・モリソンのアルバム”

それから約四半世紀を経て発表されるのが『ムーヴィン・オン・スキッフル』だ。今回も上記のアーティストに加えてハンク・ウィリアムス、ハンク・スノウらカントリー系の面々によるナンバーを全23曲プレイしている。ウィリアムスの『アイム・ソー・ロンサム・アイ・クッド・クライ』『コールド・コールド・ハート』、ジミー・ロジャースの『トラヴェリン・ブルース』など、他アーティストによるヴァージョンで知られる曲もあるが、かつてドネガンやバーバー、ヴァイパー・バンドらが演奏してきた決して知名度の高くない“隠れた名曲”がメイン。少年時代のヴァンが感銘を受けた楽曲のコレクションとして楽しむことが出来るし、原曲を掘り下げてみることで新しい発見をすることが出来るだろう。

このアルバムで興味深いのは、音楽的にはスキッフルではなく、フル・バンドによるヴァージョンとして演奏されていることだ。『ザ・スキッフル・セッションズ』では1950年代のサウンドを意識してラフなチープさも感じさせるアレンジだったが、今回は“スキッフル企画物”ではない“ヴァン・モリソンのアルバム”として楽しませてくれる。唯一スキッフルらしさを残しているのは、スティッキー・ウィキットによるウォッシュボードがフィーチュアされていることだが、懐古趣味に陥ることなく、リラックスしたムードに浸ることが可能だ。

2023年4月末、英国“チェルトナム・ジャズ・フェスティバル”からヴァンはツアーを開始。無理な移動スケジュールを避けて大都市で複数公演を行ウスタイルで、北米とヨーロッパをサーキットする。残念ながら日本公演はリストアップされておらず、今回も実現することはなさそうだ。

しばしば“気難しい”とも言われるヴァンだが、そもそもインタビューが少ないため、気難しいか判らないのが実情だ。彼と共演したことのあるキャンディ・ダルファーに筆者(山﨑)が訊いてみたところ「全然気難しくない。すごくスウィートな人よ」と言っていたため、案外気さくな人という可能性もある。ぜひ日本のステージで、その真の姿を見せてもらいたい。

■アルバム『ムーヴィン・オン・スキッフル』

ヴァン・モリソン

発売元:ユニバーサルミュージック
発売日:2023年3月10日
価格:3,960円(税込)
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:五嶋龍さん「『音遊人』と聞いて、子どもの頃に教えてもらったギリシャ神話のことを思い出します」

7820views

音楽ライターの眼

摂氏40度をはるかに超える、“個性の競演”の熱量/イエルーン・ベルワルツ トランペット・リサイタル -竹沢絵里子(ピアノ)とともに-

1297views

82Z

楽器探訪 Anothertake

アンバー仕上げが生む新感覚のヴィンテージ/カスタムサクソフォン「82Z」

2278views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

10235views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13080views

オトノ仕事人

リスナーとの絆を大切にする番組作り/クラシック専門のインターネットラジオを制作・発信する仕事

5182views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

8623views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6684views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

23498views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1356views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

7923views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9660views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11175views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13502views

音楽ライターの眼

2021年はサン=サーンスの没後100年のメモリアルイヤー

5176views

オトノ仕事人

最適な音響システムを提案し、理想的な音空間を創る/音響施工プロジェクト・リーダーの仕事

1797views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:人を楽しませたい!それが4人の共通の思い

6313views

楽器探訪 Anothertake

26年ぶりにラインアップを一新!「長く持っても疲れにくい」を実現し、フラッグシップモデルが加わったバリトンサクソフォン

3440views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

20304views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8321views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

20867views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7233views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9660views