今月の音遊人
今月の音遊人:木嶋真優さん「私は“人”よりも“音楽”を信用しているかもしれません」
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演奏者たちの個性と作品の情緒がぴたりと合う/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.10
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2024.3.22
バイオリン、チェロ、ピアノの各分野で第一線を走り続けるベテランによるトリオ・コンサートに、足を運んだ。徳永二男、堤剛、練木繁夫はいずれも、昭和後期から平成初期にかけての、日本におけるクラシック音楽伸張期に、本邦楽壇の屋台骨を支えた面々だ。
この3人が2015年から、ヤマハホールを舞台にピアノ三重奏の演奏会を続けている。2024年2月10日にヤマハホールで行われたマチネは記念すべき10回目の公演。プログラムにはベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの名前が並ぶ。これは、ドイツ系の室内楽の系譜60年分を追う構成。3曲を並置することで、このジャンルの持つ音楽的な意味合いや社会的な意義の違いを、時代別に浮き彫りする狙いがあったとしてもおかしくない。しかし、この日の面白さの中心はそこにはなく、演奏者たちの個性の競演のほうにあった。
最初にピンと来たのはピアノの響きだった。ベートーヴェンの三重奏曲第4番第1楽章では、長調から短調に移るとき、サウンドの重みがぐっと増す。和音の構成音のうち、どれを厚く鳴らすかによって、その重みが変化するらしい。この、ピアノによる軽重の移り変わりを土台にして、その上を弦楽器が行き来する。ピアニスト練木の演奏スタイルは、音の重さに力点を置いている。
弦楽器奏者ふたりの表現法はまた別だ。バイオリニストの徳永は、音のスピード変化で曲の力動を示す。弓を運ぶ速さが音のスピードに直結しているのだろう。スピードの遅い音はたっぷり力強く、速い音は鋭く軽やかに聴こえる。
チェリスト堤の音の特徴は、その太さにある。聴き手の元に届く音を“輪切り”にしたとき、その断面積が場面によって大きく変化する。それは実体感の変化と言ってもよいだろう。弓を弦に押し当てる際、その圧力をこまめに変えているのかもしれない。この方法で堤は、音楽空間の伸び縮みを巧みに掬い上げる。
このように表現法のおよそ異なる三者で、果たしてアンサンブルはうまくいくのか。その点に心配はなかった。たとえば、自動車はさまざまな要素、ボディー重量、エンジン出力、タイヤ径などの組み合わせにより、全体として人間にとって快適な走行を実現する。このトリオもそれと同じ。3人が表現上、違った役割を果たすことで、全体として作品世界を鮮やかに描き出していく。
そんなトリオの“燃費”がもっとも優れていたのは、メンデルスゾーンの三重奏曲第1番のアンダンテだった。練木の重さ、徳永の速さ、堤の太さの変化の度合いが一致する。さらに、3人の表現と作品の持つ情緒との間で平仄がぴたりと合う。“状態の良い車”が、その車に“もっとも適した路面状況”で走っているわけだ。客席の集中力も、そこでぐっと上がった。
演目をすべて終えたあと、徳永が挨拶かたがたアンコール曲の意向を客席に尋ねる。結果はくだんのアンダンテ。ステージ上の3人がニヤリとする。演奏者も客席も、今日はこの曲に尽きる、という思いを共有した瞬間だった。
澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了(音楽学)。柴田南雄音楽評論賞奨励賞(2007年度)および本賞(2011年度)受賞。著書に『音楽家65人の修行時代』(単著)、『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『やみつき!バッハ』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。