Web音遊人(みゅーじん)

連載24[ジャズ事始め]1950年代中頃に穐吉敏子を失望させた日本のジャズ・シーンの風潮とはなんだったのか?

前稿で、穐吉敏子が「日本のジャズに対する反応に失望した」と書いた。

穐吉敏子が渡米した前後=1950年代中頃および1960年代初頭の日本でジャズが受け容れられていなかったのであれば、彼女の失望についてもあまり深く考えずに済んだかもしれない。

ところが、1950年代中頃も1960年代初頭もともに、日本ではジャズが熱狂的に受け容れられていたことが記録として残されている。

つまり、穐吉敏子は単純に「日本でジャズを生業としていても仕方がない」と、マーケットの薄さに失望して渡米したのではないということだ。

彼女の失望はそれぞれ、1950年代中頃はスタイルの違い、1960年代初頭は日本人がジャズを演奏することに対する認識の低さ──と、原因が異なっていた。

1950年代中頃の日本のジャズ・ブームは、1945年の終戦と同時にアメリカからの音楽輸入が解禁となったことに起因している。

そのため、お手本は1940年代のヒット・チャートを飾っていたスタイルであり、具体的にはスウィングと呼ばれるものだった──と思っていた。

ボクはこのあたりのジャズの線引きについて、それまで書かれたものを鵜呑みにして漠然と「そういうものだ」と理解したつもりでいたのだけれど、いわゆるスウィングの代表的なベニー・グッドマン、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、グレン・ミラーといったアーティストたちが遺した音源を聴くと、ビバップに匹敵する芸術性があって、穐吉がこれを追求に値せずと打ち捨てたことはなんだかしっくりこなかったのだ。

それが最近、野川香文『ジャズ音楽の鑑賞』(シンコーミュージック・エンタテイメント刊)という、1948年に出版された“日本初のジャズ評論集”の復刻版を読んでいて、そのモヤモヤを晴らしてくれるかもしれないキーワードを見つけることができた。

“スウィート・ジャズ”というサブ・ジャンルがそれだ。

1920年代中頃に注目されるようになったスウィート・ジャズは、ラジオの普及とあいまって全米へ広まり、この後のおよそ10年にわたって“黄金期”と呼ばれるほどの隆盛を極めることになった。ポール・ホワイトマンを代表格とするそのスタイルは、スウィングが台頭する1930年代半ばあたりから勢いを失っていったが、いわゆる“わかりやすく大衆受けのいい音楽”として、アメリカ文化を象徴するものであったことは想像に難くない。

戦後、日本人が“アメリカのジャズ”として親しんだのは、戦前の面影を遺したこのスウィート・ジャズのほうであり、日本のミュージシャンはそれをお手本にすることで、ムーヴメントを巻き起こすことができたのではないだろうか。

それはつまり、日本のミュージシャンたちは生活の糧とするために、スウィングやビバップのような芸術性よりも大衆受けする音楽を優先したことを意味し、それが穐吉敏子の失望につながっていたと考えれば腑に落ちる。

穐吉敏子は“生活の糧”ではなく“芸術性”を選ぶために渡米した。ところが、凱旋した彼女を新たな失望が襲うことになる。その“原因”については次回。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:ROLLYさん「曲の素晴らしさや洋楽との出会いなど、大切なことはすべてフィンガー5から学びました」

8738views

音楽ライターの眼

ジャズならではのバイアスがクラシックでは意図しえない結果を生む?

2931views

赤ラベルが再現!ヤマハギター50周年記念モデル

楽器探訪 Anothertake

赤ラベルが再現!ヤマハギター50周年記念モデル

10283views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

21003views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

17457views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

わかりやすい言葉で、知られざる楽器の魅力を伝えたい/楽器博物館の学芸員の仕事(後編)

6998views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

18855views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

5990views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

25427views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

3953views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

4891views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

22342views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

7767views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

20969views

音楽ライターの眼

パンク・ロック45周年、セックス・ピストルズのアナーキーは終わらない

1733views

オトノ仕事人

オーダーメイドで楽譜を作り、作・編曲家から奏者に楽譜を届ける/プロミュージシャン用の楽譜を制作する仕事

13908views

われら音遊人 リコーダー・アンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:お茶を楽しむ主婦仲間が 音楽を愛するリコーダー仲間に

6525views

reface

楽器探訪 Anothertake

コンパクトなボディに優れた操作性が溶け込んだデザイン

4882views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

15893views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

4656views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

15796views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

4128views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

22342views