Web音遊人(みゅーじん)

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase23)ベルク「3つの管弦楽小品」、前衛とはヴェルヴェット・アンダーグラウンドな抒情である

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase23)ベルク「3つの管弦楽曲」、前衛とはヴェルヴェット・アンダーグラウンドな抒情である

アルバン・ベルク(1885~1935年)は無調の「ヴォツェック」、十二音技法も取り入れた「ルル」の二大歌劇で名高い。師匠のシェーンベルク、同じ門下生のウェーベルンとともに新ウィーン楽派として現代音楽を創始した。しかしベルクの音楽には濃厚な抒情が漂う。彼のヒーローは後期ロマン派の交響曲作家マーラーだった。ベルク唯一のオーケストラ曲「3つの管弦楽曲 Op.6」では、無調の中にマーラー風の行進曲やハンマーの打撃が顔を出す。それはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの抒情的な前衛ロックを予感させる。

マーラーとシェーンベルクの影響

新ウィーン楽派は無調や十二音技法を追求した前衛作曲家集団だが、1897~1907年にウィーン宮廷歌劇場の芸術監督として一世を風靡したマーラーからの影響が強い。ベルクはシェーンベルク以上に熱烈なマーラーファンだった。マーラーが「交響曲第4番」を自らの指揮で初演した際、ベルクは楽屋で巨匠の指揮棒を入手し宝物にした。

「3つの管弦楽曲」は第1曲「前奏曲」、第2曲「輪舞」、第3曲「行進曲」から成り、演奏時間は第1、2曲が各5分、第3曲が10分の計20分。マーラー死後の1913年に作曲を始め、14年8月23日に第1曲と第3曲が完成。同年9月13日のシェーンベルクの誕生日に師に献呈した。全3曲を師に贈ったのは15年8月。第一次世界大戦の2年目だった。

ベルク「3つの管弦楽小品」を含む「ミヒャエル・ギーレン・エディション第8集~シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルン作品集」(CD12枚組、1954~2013年録音、独ヘンスラーSWRミュージック)

ベルク「3つの管弦楽曲」を含む「ミヒャエル・ギーレン・エディション第8集~シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルン作品集」(CD12枚組、1954~2013年録音、独ヘンスラーSWRミュージック)

ベルクはもともとマーラーの「交響曲第2番『復活』」や「第4番」のような声楽付きの大交響曲を構想したが、実現しなかった。そこでシェーンベルクの助言を得て、ピアノ曲によくある前奏曲やワルツといった性格的小品を管弦楽曲として作曲することにした。手本はシェーンベルクの「5つの管弦楽曲Op.16」(1909年)。この無調作品にウェーベルンも触発され、1909年に「管弦楽のための6つの小品Op.6」を作曲した。

とはいえ、3人の個性は異なる。シェーンベルクは十二音技法の導入前ではあるが、師として精緻な無調を構築した。特に第3曲「色彩」では、音響平面作曲法の先駆といわれる音色変化の手法を取り入れている。一方、ウェーベルンは1曲11~41小節、平均演奏時間1分45秒程度の極小世界に微細な色彩感や広大な強弱法を込めた無調を創り出した。

無調の「行進曲」にハンマーの一撃

これに対しベルクの「3つの管弦楽曲」を特徴付けるのはマーラー風の素材と劇的効果だ。3曲は小品とはいえ、演奏時間が比較的長い。4管編成の大管弦楽による3楽章の交響曲とも捉えられる。銅鑼やシロフォン、チェレスタ、それにマーラーが「交響曲第6番」で使ったハンマーなど、打楽器や鍵盤楽器が充実している。

ベルク「3つの管弦楽曲」を含むジュゼッペ・シノーポリ指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる新ウィーン楽派作品録音集「シェーンベルク・ベルク・ウェーベルン」(CD8枚組、1995~98年録音、ワーナー)

ベルク「3つの管弦楽曲」を含むジュゼッペ・シノーポリ指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる新ウィーン楽派作品録音集「シェーンベルク・ベルク・ウェーベルン」(CD8枚組、1995~98年録音、ワーナー)

第1曲「前奏曲」は、銅鑼やシンバルなど打楽器がざわめく噪音風の序奏と後奏を配し、中心部で展開し頂点を築くアーチ構造を聴かせる。しかし次々と短い音型が明滅するため、主題は見つけにくい。ファゴットが鳴らすE―G―A♭の音型が辛うじて主題を思わせる。

頂点へ向かって不協和音が盛り上がる。あえてどんな「和音」が鳴っているか切り取ると、B♭7sus4/A(Aをベース音にしたB♭・E♭・F・A♭)やC♯13などだ。頂点で炸裂するトゥッティ(総奏)はE♭sus4/C (C・E♭・A♭・B♭)に聴こえる。瞬間のテンションコードは複雑な対位法から生成され、様々な主題が破片となって濁流に散る。

ところが特徴的な主題が濁流から時おり浮上する。総譜を見ると、ベルクは主声部を「H」、副声部を「N」と示している。例えば、「前奏曲」が頂点を築いた後、トランペットが鳴らす6連符を含む主題に「H」表示がある。短2度を用いた6連符が印象深いのは、マーラーの「交響曲第1番」のトランペットのファンファーレを連想させるからだ。

Alban Berg: Three Pieces for Orchestra, op.6 (1914/1915) Abbado Live 1969

第2曲「輪舞」では6連符の主題が変形され、ワルツ風の歪んだ舞曲に諧謔を添える。マーラーの「交響曲第4番」第2楽章や「同7番」第3楽章といった不気味なスケルツォ楽章の無調版か。不協和音の頂点では12音の強奏も登場する。

第3曲「行進曲」はマーラーの「交響曲第6番」の影響が強い。マーラー流の行進曲のリズムが現れる。マーラーやベートーヴェンの「交響曲第5番」を想起させる運命の動機も鳴る。そしてハンマーの一撃。無調音楽はより自由に音響の範囲を広げる。ロマン派の残滓も混じる無調の響きは人を酔わせる。「3つの管弦楽曲」の試みは歌劇「ヴォツェック」でさらに実を結ぶ。

「ヨーロピアン・サン」の楽音と噪音

半世紀後の1967年、米国の前衛ロックバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビューアルバム「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ」が出た。プロデュースはポップアートの旗手アンディ・ウォーホル。ギターとボーカルのルー・リードは、シラキュース大学で詩人デルモア・シュワルツに師事した。現代音楽を学んでいたジョン・ケイルらが加わり、ウォーホルがドイツ人女優のニコを歌手として引き入れた。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビューアルバム「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ」(1967年、ユニバーサル)

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビューアルバム「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ」(1967年、ユニバーサル)

「ヘロイン」「黒い天使の死の歌」など衝撃作が並ぶ。最大の実験作はシュワルツに捧げた7分46秒の終曲「ヨーロピアン・サン」。ニ長調(D)によるギターの無邪気なカッティングから始まり、ミュージック・コンクレート風に爆音とガラスの破裂音が響き渡ったところから混沌へと突き進む。無軌道なギターソロ、沸騰音のようなドラムス、ハウリング音などが交錯する。調性感の破壊というよりも、楽音と噪音の境界線を消してしまうのだ。「君はヨーロッパの息子を殺した」という歌詞は伝統の西洋音楽に決別する志を示す。


European Son

異様な作品群の中にポップな曲が混じるのもこのアルバムの特徴だ。1曲目「日曜の朝」だけはトム・ウィルソンのプロデュース。作詞作曲はリードとケイル。童謡のように無垢なのに不気味なこの曲は親しみやすい。「気をつけな。世界は君の背後にいる」という哲学的な詩。文学センスが光る。

前衛には伝統や名曲への郷愁が付きまとう。ベルクではマーラーの交響曲であり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドでは古き良きポップスだ。中途半端で折衷だからこそ魅力がある。密集したヴェルヴェットの毛羽に抒情がこびりつく。前衛とはヴェルヴェット・アンダーグラウンドな抒情である。

「クラシック名曲 ポップにシン・発見」全編 >

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:宇崎竜童さん「ライブで演奏しているとき、もうひとりの宇崎竜童がとなりでダメ出しをするんです」

13770views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#036 起死回生のチャンスに理想を詰め込んだハード・バップの宝石箱~ジョン・コルトレーン『ブルー・トレイン』編

2260views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

25597views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

51613views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13003views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

高い演奏技術と幅広い知識で歌手の表現力を引き出す/コレペティトゥーアの仕事(前編)

23228views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

4581views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

6465views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9511views

IMOZ

われら音遊人

われら音遊人:そろイモそろってイモっぽい?初心者だって磨けば光る!

2111views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

6034views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28124views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

10439views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

16767views

音楽ライターの眼

【ライヴ・レポート】DOWNLOAD JAPAN 2019/新たなるメタルの春の祭典

6819views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

16918views

練馬だいこんず

われら音遊人

われら音遊人:好きな音楽を通じて人のためになることをしたい

6871views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

47217views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

8463views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

5460views

楽器のあれこれQ&A

きっとためになる!サクソフォンの基礎力と表現力をアップする練習のコツ

23065views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7251views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34881views