Web音遊人(みゅーじん)

エリック・セラ

『恐怖の報酬』とその音楽/ジョルジュ・オーリック、タンジェリン・ドリーム、エリック・セラ

2024年3月、Netflixで映画『恐怖の報酬』が配信開始となった。

ジョルジュ・アルノーの小説を原作とする『恐怖の報酬』は1953年、1977年に続いて3度目の映画化。油井の火事を鎮火するべく、ニトログリセリンを積んだトラックで被災地に向かうというストーリーの根幹は共通しているものの、設定やキャラクター、ディテールなどは異なっている。そして、それぞれの音楽もまた、作品に異なった個性と色彩をもたらしている。

1953年版
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督

1953年版の音楽を手がけたのはジョルジュ・オーリックだ。パリ音楽院でエリック・サティやジャン・コクトーと交流してきた彼だが、映画音楽では『赤い風車』(1952)の『ムーランルージュの歌』がムード音楽のスタンダードとして有名で、オーリックの名前を知らなくても店内BGMなどで馴染みがあるだろう。それ以外にも『ローマの休日』(1953)『悲しみよこんにちは』(1957)などのテーマ曲はよく知られている。

1930年代から1960年代まで数多くの映画音楽を手がけてきた彼にとって『恐怖の報酬』がベスト・ワークに挙げられることは希だが、オープニング・テーマ曲で聴かれる南米の異国情緒と来たるべき苦難を予見する不吉なサウンドは、作品全体の空気を決定づけるインパクトを持っている。

ただ、本作は音楽をあまり使わず緊張感を高めていく作風のため、“音楽的”な作品ではなく、「恐怖の報酬・愛のテーマ」「恐怖の報酬・マリオとルイジのテーマ」などはない。それでもこのテーマ曲は、オーリックの最高傑作の数々と肩を並べるできばえだ。

1977年版
“黒い森”にある廃教会で行われたタンジェリン・ドリームのライヴを観て

『エクソシスト』(1973)のウィリアム・フリードキン監督と『ジョーズ』(1975)のロイ・シャイダー主演という、当時世界最大級のヒットメイカーが揃った『恐怖の報酬』で音楽担当として起用されたのはドイツのエレクトロニック・ロック・グループ、タンジェリン・ドリームだった。

1974年、フリードキンは『エクソシスト』のプロモーションでヨーロッパを訪れていたが、フランクフルトで映画会社のスタッフから勧められて、“黒い森”にある廃教会で行われたタンジェリン・ドリームを観に行って「これだ!」と確信したと、インタビューで語っている。

この時期のタンジェリン・ドリームは新興レーベル“ヴァージン・レコーズ”と契約、『フェードラ』(1975)『ルビコン』(1976)が全英チャートでヒットするなど売り出し中だったが、アメリカ市場ではまったく知られていなかった。そんな彼らを抜擢したのはかなりの大英断だったといえる。

ただ、そんな“伝説”には若干の疑義が残る。ドイツのフランクフルトからシュヴァルツヴァルト(黒い森)といえば最短距離でも50キロほどあり、たとえ「深夜零時からのライヴ」だったとしても、わざわざ行くには遠かったのではなかろうか。また、『エクソシスト』で同じ“ヴァージン・レコーズ”所属のマイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』が使われ、彼を世界的なスーパースターへと押し上げたことを考えると、その第2弾としてタンジェリン・ドリームに白羽の矢が立ったのではないかとも思える。「1日取材をこなして、ふと訪れた“黒い森”の教会でライヴを観て惚れ込んだ」というのはドラマチック過ぎないか?という気もするが、フリードキン自身がそう主張し続け、ニコラス・ウィンディング・レフンとのインタビューでもそう語っているため、信じるしかないだろう。

そして本作の音楽は、そんな“伝説”に相応しい充実したものだ。まだ撮影が終わっておらず、脚本だけを読んで曲を書いただけあり、映像に引っ張られることのない“タンジェリン・ドリームのアルバム”として楽しむことができる。ひんやりしたエレクトロニックなサウンドやビートが映画と相乗効果を成し、フリードキンも「もっと早く出会っていたら『エクソシスト』でも一緒にやりたかった」と語るケミストリーを生み出している。

本作を経て、タンジェリン・ドリームはたびたび映画音楽を手がけるようになり、『ザ・キープ』(1983)『炎の少女チャーリー』(1984)『レジェンド/光と闇の伝説』(1985)などの大作にも起用されるようになった。

ちなみにこのアメリカ版『恐怖の報酬』のオリジナル題は『Sorcerer』。「リメイクではなく新しい作品」という意味合いでこのタイトルが冠されたが、マイルス・デイヴィスの『魔術師 Sorcerer』(1967)からヒントを得たものだという。

2024年版
ジュリアン・ルクレルク(ルクレールとも)監督

Netflix映画『恐怖の報酬』

Netflix映画『恐怖の報酬』

過去2作が南米を舞台にしていたのを中東に置き換え、トラック輸送メンバーに女性を入れるなど、“新時代の『恐怖の報酬』”を前面に押し出してきた2024年版。民兵やゲリラとの銃撃戦や、カーチェイスで追跡してくる敵の車にニトロの瓶を投げつけて爆発させるなど大雑把なところもあるが、そんな起伏に富んだ作風を踏まえた音楽をエリック・セラが手がけている。

リュック・ベッソン監督の相棒として『グラン・ブルー』(1988)『レオン』『ニキータ』(1990)『フィフス・エレメント』(1997)の音楽を手がけてきたセラは、こう語っている。

「自分のエゴは必要ない。シーンとエモーションに合った曲を書くのが私の仕事だ」

本作では後世に残るようなテーマ曲はないものの、ダイナミックなシーンをより激しく、感動シーンをより感動的にする音楽はまさに観客のエモーションを盛り上げるものだ。

すべての楽器とプログラミングをセラ自身(とアシスタントのミッケルス・レア)が手がけているため、生オーケストラなどは使われていない。かつてマハヴィシュヌ・オーケストラなどのジャズ・ロックに熱狂、2024年3月の来日ライヴにはマグマのツアー・メンバーを帯同するなど、プログレッシヴなロックと関わりの深いセラゆえ、エレクトロニックなパートは1977年版のタンジェリン・ドリームを意識したのでは?とも思える箇所があるのも興味深い。映像と切り離すことができないスコアだが、さまざまな工夫が凝らされているのがさすがだ。

時代と呼応しながら変化を遂げてきた『恐怖の報酬』。その音楽もまた、3作3様の異なる表情を持ったものだ。危険なミッションに挑む人間たちの関係を描いたテーマは、時代を超えて我々の心を揺さぶる。いずれきっと、4回目の映画化が実現するだろう。そのとき映画館ではどんな音楽が鳴り響くのか。見届けたいものである。


The Wages of Fear | Official Teaser | Netflix(海外版ティザー映像)

■Netflix映画『恐怖の報酬』

Netflix映画『恐怖の報酬』

配信元:Netflix

詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人:清塚信也さん

今月の音遊人

今月の音遊人:清塚信也さん「音楽はあやふやで不安定な世界。だからこそ、インテリジェンスを感じることもあります」

12844views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#013 レジェンドたちが未来を託した奇跡的セッションの記録~チャーリー・パーカー『ジャズ・アット・マッセイ・ホール』編

1715views

【楽器探訪 Another Take】演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

楽器探訪 Anothertake

演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

6649views

サクソフォンの選び方と扱い方について

楽器のあれこれQ&A

これからはじめる方必見!サクソフォンの選び方と扱い方について

59379views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

5060views

誰でも自由に叩けて、皆と一緒に楽しめるのがドラムサークルの良さ/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

オトノ仕事人

リズムに乗せ人々を笑顔に導く/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

7377views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

9131views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7323views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

23666views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

4876views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5672views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32270views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8951views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10786views

音楽ライターの眼

映画『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』の元ネタとなった轟音バンド、ジュシファーの多彩な世界

3687views

オトノ仕事人

プラスマイナス0.05ヘルツまで調整する熟練の技/音叉を作る仕事

34350views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

6030views

reface シリーズ

楽器探訪 Anothertake

ひざの上に乗せてその場で音が出せる!新感覚のシンセサイザー「reface」シリーズ

14499views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

7550views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

6209views

エレキギター

楽器のあれこれQ&A

エレキギターのサウンドメイクについて教えて!

1822views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8033views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32270views