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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#037 ジャズを改革した天才の業績を気負わずに聴ける追悼盤~チャーリー・パーカー『ナウズ・ザ・タイム』編
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2024.6.4
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, チャーリー・パーカー, ナウズ・ザ・タイム
入学祝いに買ってもらったアルト・サックスを携えて、ほんのちょっとだけお世話になった某大学のジャズ研での、最初の課題曲が“Fのブルース”こと『ナウズ・ザ・タイム』、そして『サテン・ドール』でした。
ブルースの“ブ”の字も知らず、ブルースとジャズの関係も理解していなかった当時のボクが、和音がたった3つしかないように聴こえた(実際には8つあります)この曲をどう展開していけばいいのかに悩んで挫折したのは言うまでもありません。
そんなトラウマのある曲がタイトルになっている本作ですが、当時はエチュードのようにとらえていて、それをマスターできなければ次へ進めないというか、ジャズの入口にも到達できないといったプレッシャーを感じていたんじゃないかと思います。
いまとなっては、「それじゃあ、ジャズを楽しめないよね?」と言ってあげられるんですが……。
さて、楽しめるようになるための切り口を考えてみることにしましょうか。
1952年12月と1953年7月にスタジオでレコーディングされた作品です。
オリジナルはLP盤で1957年にリリースされ、A面6曲とB面6曲の合計12曲を収録(別テイクとして『キム』『コズミック・レイズ』をそれぞれ1曲ずつ、『チ・チ』を2曲追加)しています。
CD化ではLPと同曲数を収録したもののほか、『チ・チ』の別テイクを入れた13曲の“生産限定盤”などがあります。
メンバーは、アルト・サックスがチャーリー・パーカー、ピアノがハンク・ジョーンズ(1952年のセッション)とアル・ヘイグ(1953年のセッション)、ベースがテディ・コティック(1952年のセッション)とパーシー・ヒース(1953年のセッション)、ドラムスがマックス・ローチのワン・ホーン・クァルテット。
収録曲は、ジャズ・スタンダードとして知られる『ザ・ソング・イズ・ユー』と『アイ・リメンバー・ユー』を除いてチャーリー・パーカーのオリジナル曲です。
“ビ・バップのオリジネーター”チャーリー・パーカーが没したのは、1955年3月12日。その日は、ニューヨークの街に雷鳴が轟いた、と伝えられています。
その真偽はともかく、チャーリー・パーカーの死は雷に例えられるほどジャズ・ファンに衝撃を与えたことは確かだったようです。
そして本作がリリースされたのは1957年。
“ジャズの巨星堕(お)つ”といった空気感のなかで、最晩年(といっても30代前半なのですけれどね)の演奏をパキッとまとめた“決定版”的な意味合いが、制作側とリスナーに共有されていた故の“名盤”だったのだと思います。
その“パキッとまとめた”というニュアンスをもう少し掘り下げてみると、“レコード”というメディアの端境期であったことが関係しているようなのです。
現在では“アナログ盤”と総称される円盤形のレコードは、トーマス・エジソンが発明した円筒式蓄音機をエミール・ベルリナーが実用化したことで広く行き渡るようになりました。
1887年に登場した当時はシェラックという樹脂状の原料を用いていましたが、より長時間の収録が可能で耐久性のあるポリ塩化ビニル製に取って代わられるようになったのが1950年ごろ。
ということは、チャーリー・パーカーがプロとして活動を始めた1940年代半ばから亡くなる1955年にかけては、ちょうどその転換期だったことになります。
片面4~5分しか収録できなかったシェラック製のSP盤から、片面20分超を収録できるポリ塩化ビニル製のLP盤へと市場の趨勢が移行していった1950年代初頭、チャーリー・パーカーのSP盤も何枚かをまとめてLP盤に編集してリリースされるようになります。
当時の編集版LPは、音質が悪かったSP盤を流用して制作されていたものも多く、新たなニーズを生み出すにはハードルが高かったことは想像に難くありません。
しかし本作は、リリース時点で新録音源によるLP盤だったことから、1950年代後半のジャズ・シーンにあって没後に神格化されつつあったチャーリー・パーカーの“新作”として認知されることによって“名盤”になったのではないか──と考えられるわけです。
チャーリー・パーカーの功績のひとつに、“別テイクが作品として成立するという概念”をジャズにもたらしたことが挙げられます。
ダンスの伴奏を生業としていた演奏家たちが、同じコード進行で違うメロディを考えることを競ったのが、ビ・バップの発祥と言われています。そのなかでも優れて斬新なメロディを次々と生み出すことができたのが、チャーリー・パーカーでした。
そうした“チャーリー・パーカーの才能”を理解し、“ビ・バップの本質”へと迫っていくためには、数々の別テイクが収録される編集LP盤やコンプリートCDなどを聴かなければならないという“教条主義的な風潮”も、チャーリー・パーカーの再評価とともに高まっていきます。
でも、最初からそんな“お勉強”はしんどいなぁ~、と思いますよね?
ボクもそうだったんですよ。
そんなハードルを低くしてくれる“聴きやすさ”が、本作にはあると思います。
ジャズを“ヴァリエーションの芸術”に昇華させたチャーリー・パーカーの“入門編”として、本作の“名盤”たる魅力はいまも衰えていないのです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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