Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#037 ジャズを改革した天才の業績を気負わずに聴ける追悼盤~チャーリー・パーカー『ナウズ・ザ・タイム』編

入学祝いに買ってもらったアルト・サックスを携えて、ほんのちょっとだけお世話になった某大学のジャズ研での、最初の課題曲が“Fのブルース”こと『ナウズ・ザ・タイム』、そして『サテン・ドール』でした。

ブルースの“ブ”の字も知らず、ブルースとジャズの関係も理解していなかった当時のボクが、和音がたった3つしかないように聴こえた(実際には8つあります)この曲をどう展開していけばいいのかに悩んで挫折したのは言うまでもありません。

そんなトラウマのある曲がタイトルになっている本作ですが、当時はエチュードのようにとらえていて、それをマスターできなければ次へ進めないというか、ジャズの入口にも到達できないといったプレッシャーを感じていたんじゃないかと思います。

いまとなっては、「それじゃあ、ジャズを楽しめないよね?」と言ってあげられるんですが……。

さて、楽しめるようになるための切り口を考えてみることにしましょうか。


Now’s The Time

アルバム概要

1952年12月と1953年7月にスタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤で1957年にリリースされ、A面6曲とB面6曲の合計12曲を収録(別テイクとして『キム』『コズミック・レイズ』をそれぞれ1曲ずつ、『チ・チ』を2曲追加)しています。

CD化ではLPと同曲数を収録したもののほか、『チ・チ』の別テイクを入れた13曲の“生産限定盤”などがあります。

メンバーは、アルト・サックスがチャーリー・パーカー、ピアノがハンク・ジョーンズ(1952年のセッション)とアル・ヘイグ(1953年のセッション)、ベースがテディ・コティック(1952年のセッション)とパーシー・ヒース(1953年のセッション)、ドラムスがマックス・ローチのワン・ホーン・クァルテット。

収録曲は、ジャズ・スタンダードとして知られる『ザ・ソング・イズ・ユー』と『アイ・リメンバー・ユー』を除いてチャーリー・パーカーのオリジナル曲です。

“名盤”の理由

“ビ・バップのオリジネーター”チャーリー・パーカーが没したのは、1955年3月12日。その日は、ニューヨークの街に雷鳴が轟いた、と伝えられています。

その真偽はともかく、チャーリー・パーカーの死は雷に例えられるほどジャズ・ファンに衝撃を与えたことは確かだったようです。

そして本作がリリースされたのは1957年。

“ジャズの巨星堕(お)つ”といった空気感のなかで、最晩年(といっても30代前半なのですけれどね)の演奏をパキッとまとめた“決定版”的な意味合いが、制作側とリスナーに共有されていた故の“名盤”だったのだと思います。

その“パキッとまとめた”というニュアンスをもう少し掘り下げてみると、“レコード”というメディアの端境期であったことが関係しているようなのです。

現在では“アナログ盤”と総称される円盤形のレコードは、トーマス・エジソンが発明した円筒式蓄音機をエミール・ベルリナーが実用化したことで広く行き渡るようになりました。

1887年に登場した当時はシェラックという樹脂状の原料を用いていましたが、より長時間の収録が可能で耐久性のあるポリ塩化ビニル製に取って代わられるようになったのが1950年ごろ。

ということは、チャーリー・パーカーがプロとして活動を始めた1940年代半ばから亡くなる1955年にかけては、ちょうどその転換期だったことになります。

片面4~5分しか収録できなかったシェラック製のSP盤から、片面20分超を収録できるポリ塩化ビニル製のLP盤へと市場の趨勢が移行していった1950年代初頭、チャーリー・パーカーのSP盤も何枚かをまとめてLP盤に編集してリリースされるようになります。

当時の編集版LPは、音質が悪かったSP盤を流用して制作されていたものも多く、新たなニーズを生み出すにはハードルが高かったことは想像に難くありません。

しかし本作は、リリース時点で新録音源によるLP盤だったことから、1950年代後半のジャズ・シーンにあって没後に神格化されつつあったチャーリー・パーカーの“新作”として認知されることによって“名盤”になったのではないか──と考えられるわけです。

いま聴くべきポイント

チャーリー・パーカーの功績のひとつに、“別テイクが作品として成立するという概念”をジャズにもたらしたことが挙げられます。

ダンスの伴奏を生業としていた演奏家たちが、同じコード進行で違うメロディを考えることを競ったのが、ビ・バップの発祥と言われています。そのなかでも優れて斬新なメロディを次々と生み出すことができたのが、チャーリー・パーカーでした。

そうした“チャーリー・パーカーの才能”を理解し、“ビ・バップの本質”へと迫っていくためには、数々の別テイクが収録される編集LP盤やコンプリートCDなどを聴かなければならないという“教条主義的な風潮”も、チャーリー・パーカーの再評価とともに高まっていきます。

でも、最初からそんな“お勉強”はしんどいなぁ~、と思いますよね?

ボクもそうだったんですよ。

そんなハードルを低くしてくれる“聴きやすさ”が、本作にはあると思います。

ジャズを“ヴァリエーションの芸術”に昇華させたチャーリー・パーカーの“入門編”として、本作の“名盤”たる魅力はいまも衰えていないのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:荻野目洋子さん「引っ込み思案だった私は、音楽でならはじけることができたんです」

9450views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#017 ジャズをつなぐエッセンスを詰め込んだ“絶好調”のポスト・ビバップ~ハンプトン・ホーズ『ザ・トリオ VOL.1』編

2011views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカで音楽好きの子どもを育てる

15374views

SE ArtistModel

楽器のあれこれQ&A

クラリネット入門!始める前に知りたい5つの基本

730views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

10496views

調律師 曽我紀之

オトノ仕事人

演奏者が望むことを的確に捉え、ピアノを最高のコンディションに整える/コンサートチューナーの仕事

8045views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

10370views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7886views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13520views

われら音遊人

われら音遊人:みんなの灯をひとつに集め、大きく照らす

6741views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

5287views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28210views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12287views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

37165views

音楽ライターの眼

ジャズならではのバイアスがクラシックでは意図しえない結果を生む?

4505views

小林洋平

オトノ仕事人

感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事

5241views

Red Pumps BIGBAND

われら音遊人

われら音遊人:出自がさまざまなメンバーと、誰もが楽しめる音楽をビッグバンドで

2011views

マーチングドラム

楽器探訪 Anothertake

これからのマーチングドラム ~楽器の進化の可能性~

15265views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

8524views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

6062views

楽器のあれこれQ&A

きっとためになる!サクソフォンの基礎力と表現力をアップする練習のコツ

23197views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

4152views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28210views